京都大学 ウイルス・再生医科学研究所

ES細胞の神経分化過程でFoxO3依存的に休眠多能性細胞が出現する

池田 愛1,2、豊島 文子1,2

(1 京都大学ウイルス・再生医科学研究所 組織恒常性システム分野 2 京都大学生命科学研究科)

“Dormant Pluripotent Cells Emerge during Neural Differentiation of Embryonic Stem Cells in a FoxO3-dependent Manner”

Mol Cell Biol. 2016 Dec 12. DOI:10.1128/MCB.00417-16

概要

胚性幹細胞(ES細胞)は、発生初期の内部細胞塊から樹立された細胞株で、体を構成する全ての細胞に分化する多能性を持ちます。この性質を利用して、ES細胞から生体内の様々な組織を誘導し、疾患治療に役立てる試みがなされています。ES細胞を用いた細胞治療の障害の一つとして「分化誘導後に残存する未分化細胞」があり、これらは移植後のがん化の一因となることが懸念されています。従来の研究で、残存未分化細胞を除く方法として、ES細胞と分化誘導後の細胞の性質の違いを利用して、目的の細胞のみを精製する方法が提唱されてきました。しかし、分化誘導後に残存する未分化細胞そのものの性質は、ほとんど解析されてきませんでした。
本研究では、マウスES細胞を高効率な神経誘導法であるSFEBq法で分化誘導して、未分化のまま残る細胞の性質を解析しました。その結果、SFEBq法の分化誘導7日目には、大半の細胞が神経細胞へ分化するなかで、1-5%の細胞は多能性マーカーであるOct4の発現を維持し、また、ES細胞と同様に多能性と自己複製能を保持していました。しかし、これらの残存未分化細胞では、細胞増殖が著しく低下し、細胞周期の進行を阻害するCDKインヒビターp21の発現が上昇していました。そこで、残存未分化細胞をセルソーターによって回収し、再度SFEBq法で分化誘導を行ったところ、増殖をほとんど示さず、多能性を保持し続けることが分かりました。このことから、残存未分化細胞はSFEBq法の分化誘導下にあるにも関わらず、多能性を保持したまま増殖が顕著に低下した「多能性休眠状態」にあると考えられました。これらの細胞は、ES細胞の未分化維持を促進するサイトカインLIFと血清を含む培地で培養することにより、再びES細胞様の性質を示したことから、可塑性を持つことが分かりました。DNAマイクロアレイによる解析で、この休眠状態の残存未分化細胞は通常のES細胞とは異なる遺伝子発現プロファイルを示し、そのうち転写因子であるFoxO3が、休眠状態における多能性維持に重要であることが分かりました。
本研究により、ES細胞が、可塑的に休眠状態へ移行するという、新たな現象が明らかになりました。今後、再生医療の実現に向けて、従来法に加え、休眠状態の多能性細胞を標的とした未分化細胞除去の戦略を立てる必要性があると考えられます。