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RNAポリメラーゼから解くゲノム転写制御

石浜 明法政大学 特任教授

石浜 明 法政大学 特任教授
  • 略歴

    1938年
    名古屋市生まれ
    1961年
    名古屋大学理学部卒業
    1963年?1967年
    金沢大学助手(医学部癌研究施設/がん研究所)
    1967年
    名古屋大学大学院理学研究科、理学博士
    1967年?1969年
    アルバートアインシュタイン医科大学博士研究員
    1970年
    京都大学ウイルス研究所遺伝部門 助手
    1971年
    京都大学ウイルス研究所化学部門 助教授
    1984年
    国立遺伝学研究所分子遺伝研究部門 教授・系長
    1988年
    総合研究大学院大学生命科学研究科 教授(併任)
    2002年
    日本生物科学研究所 主任研究員・評議員
    2004年
    法政大学工学部・生命科学部 教授
    2010年
    法政大学生命科学部 特任教授
    法政大学マイクロナノテクノロジー研究センター 客員教授
  • 受賞

    1985年
    井上学術賞
    1988年
    遺伝学奨励賞
    1990年
    持田記念学術賞
    1994年
    中日文化賞
    2002年
    国立遺伝学研究所名誉教授
    2002年
    総合研究大学院大学名誉教授

科学的医学のために生命科学から

高校時代は科学的な医学分野を志望しておりましたが、そのためにまず生命の原理を探る基礎科学から出発する道に進んだのは、我が国の現代的生化学創始者のひとりである江上不二夫先生の影響でした。 江上さんはその頃名古屋大学の教授で、自宅で研究室のセミナーを開いておられました。縁があってその会に時々参加した際の討論から研究志向が強くなりました。 それで、物理学・化学・生物学の融合の機運があった、名古屋大学理学部生物学科に入りました。

山田常雄先生の化学的発生学研究室には、スタッフに大沢省三さん、岡崎令治さんがいて、岡崎恒子さんは、先輩大学院生でした。 1960年安保の年、学部4年生の研究室セミナーで、RNAポリメラーゼの発見という数編の論文を紹介しました。 ちょうど、世界数カ所の研究室で同時に本当のRNAポリメラーゼが発見された直後でした。 DNAから直接遺伝情報を引き出す高度の情報処理機能を備えた酵素の発見に感動して、自分でもこの酵素を研究する決心をしました。 以来、55年間、RNAポリメラーゼの研究に人生を捧げることになりました。

分子生物学大学院生第1号

日本で初めて、分子生物学という名のつく研究室ができたのは実は名古屋大学でした。 当時理学部におられた3人の先生、生化学の江上不二夫さんと、生物物理学の大沢文夫さん、化学的発生学の山田常雄さんが、これからは生物学と物理学と化学が融合した分子生物学が重要だと意気投合して、1961年、「分子生物学研究施設」を創設しました。 学部では山田研究室に所属していましたが、大学院はこの施設に入りました。 日本の分子生物学の大学院生第1号です。 研究を始めるにあたって、最初の指導者が、山田研からこの施設に移動された大澤省三さんでした。

最初に取り組んだのは、DNAの配列を写し取ってタンパク質を作る鋳型として想定されていたmRNAの同定でした。 DNA転写産物としてのmRNAは、当時まだモデルが提唱された段階で実態がわかっていませんでした。 RNAそのものが機能するrRNAやtRNAとは違って、mRNAは合成されても用がなくなればすぐ壊れてしまうのではないかという予想もありました。 そこで大澤研では、大腸菌にファージを感染させると急激に大量のファージmRNAができるだろうから、それを捉えるという実験に参加しました。やってみると、rRNAやtRNAとは別に、放射性同位体で標識した時にだけ検出される、少量の短寿命のRNAが確かに存在しました。 大澤さんはもともとリボゾームとrRNAの研究をされていましたから、それとの比較でmRNAがrRNAとは異なる経路で合成され、性状も異なることを素早く発見できました。 これが私の最初の研究で、修士論文となりました。

大澤さんは権威や形式を嫌い、本質を目指すことを何より大事に考えられた先生でした。 研究者にとって、最初に指導を受けた先生は極めて重要で、研究スタイルはもとより、精神的にも、大澤さんから大きな影響を受けました。

その後、アメリカ留学から帰国しRNAポリメラーゼ研究室を立ち上げていた、金沢大学の亀山忠典研究室に移動し、本格的にRNAポリメラーゼの研究に取り組むこととなりました。 大腸菌RNAポリメラーゼ精製と並行して、培養HeLa細胞からのRNAポリメラーゼの精製にも取り組みました。 それまでの真核生物RNAポリメラーゼの精製は、専ら動物組織を利用しておりました。RNAポリメラーゼは、均一な細胞集団から精製することが重要であると直感しておりましたから、HeLa細胞を1ヶ月培養して、それから酵素を精製する研究を、独りで黙々と行いました。 イオン交換クロマトグラフィーによる精製過程で、3つの成分が存在することを示す証拠が出てきました。それは今でいう、RNAポリメラーゼI、II、IIIでした。 しかし学位論文を優先して書いている間に、その発見の論文が、アメリカから出ました。遺伝情報処理を行うRNAポリメラーゼの分子解剖の研究には、多量の純化蛋白が必要となるので、暫くは大腸菌に集中することとし、HeLa細胞の実験は、学位取得と同時に中断しました。

大腸菌のRNAポリメラーゼの研究については、精製タンパク質を使った分子解剖に集中しました。 RNAポリメラーゼはDNAを鋳型とし、その情報をRNAに転写する酵素です。 予測を実証する一環として、RNAポリメラーゼとDNAの複合体形成を実証し、またDNAに依存したRNAの合成を実証しました。 また、大腸菌RNAポリメラーゼは、分子量50万に近い、巨大分子であることを発見し,多鎖から形成されている蛋白質集合体と予測しました。 生命現象は、生化学や分子生物学の手法を駆使し分子レベルでの解析を通じて、本質をつかむものであるという信念は、この時以来揺らいでいません。

RNAポリメラーゼの分子解剖

RNAポリメラーゼはDNAの情報をRNAに転写する高度な情報処理機能を備えていることが予測されていました。 その機構を掘り下げたいと考え、RNAポリメラーゼの分子解剖を目指して、アメリカに留学しました。 アルバートアインシュタイン医科大学は、ニューヨークのブロンクスにある研究所で、興隆期の分子生物学の拠点のひとつでした。 RNAポリメラーゼの発見者のひとりであったJerard Hurwitz博士の研究室で研究を開始しました。 1967年のことです。RNAポリメラーゼ研究開始時に参加した研究者集団は、今では殆ど残っていません。 RNAポリメラーゼの発見から、歴史をつくりながら、その研究に参加できた、幸せな研究人生でした。

研究はまず、RNAポリメラーゼがサブユニット構成の解明を目指しました。 程なく、尿素処理法を利用して、大腸菌RNAポリメラーゼが5つのサブユニットからなることを同定し、それぞれの分子量を決めることもできました。 しかし、ハーバード大学のグループが同じことをやっていて、1968年に同時に学会発表をしました。 我々は、多鎖タンパク質の解離に尿素を利用しましたが、ハーバード大学グループは、最新手法であるSDSゲル電気泳動を利用していました。 この方が簡便で、しかも分子量の測定精度が高く、彼らの業績が歴史に残りました(ちなみに、SDSゲル電気泳動は、所属していたアルバートアインシュタン医科大学のグループが、アデノウイルスの分子構成同定のために開発した方法でした)。 その結果、RNAポリメラーゼのサブユニット構造(2分子αサブユニット、1分子ずつのβ、β'及びσサブユニット)が判明しました。

一方、サブユニット構造の解析と並行して、RNAポリメラーゼの活性中心部位をアミノ酸の化学修飾法でマッピングを行い、DNA結合活性部位・RNA合成活性部位・リボヌクレオチドの結合活性部位を同定しました。 この間の研究を追跡されていたのでしょうか、ウイルス研究所の由良隆先生から、招聘を受けました。

その頃、結核の薬として用いられていた抗生物質リファンピシンが、RNAポリメラーゼに対する初めての特異的阻害剤であることが報告されました。 そこで由良さんは、リファンピシン耐性を指標に、大腸菌変異株をスクリーニングし、リファンピシンの作用標的がβサブユニットらしいことを突き止めていました。 これを詳しく解析するため、βサブユニットのどこに結合しているかを生化学的に解析したいということでした。 複雑なサブユニット構造が明らかになって、各サブユニットの分担機能の同定、サブユニット集合機構の解明が、次の段階の課題でしたから、その中で、由良さんの期待に応えられると考え、ウイルス研からの招聘を受諾しました。 しかし、目標の研究を実施するためには、大量の精製RNAポリメラーゼを必要としました。 当時は勿論、DNA塩基配列決定はもとより、遺伝子組換え技術・タンパク質の大量発現系もない時代でしたので、大腸菌の大量培養装置が必要でした。 そのため、ウイルス研は、地下室に500Lの培養タンク(当時としては、国立大学唯一の装置)の準備をしてくれましたので、帰国を決意しました。

サブユニットの再構成で世界をリード

ウイルス研には、由良さんの主宰する遺伝学部門助手として赴任しました。 1年半後、隣の化学部門の教授が転出されたのを機に、化学部で助教授研究室を与えられました。 研究構想を理解し支持して下さったのは、ウイルス学者の野島徳吉先生でした。 ウイルス学はそもそも医学の領域でしたが、野島さんは、生化学、免疫学を基盤に、日本での基礎ウイルス学の先導者でした。 1971年11月、石浜研究室が発足しました。 研究スタッフとして(故)福田龍二君(金沢大学名誉教授)、伊藤維昭君(現・京都産業大学)が助手として参加してくれました。

RNAポリメラーゼのサブユニット構成がわかって、さらに深まった謎の一つが、複数のサブユニットがいったいどのような仕組みで集合し一つの酵素として形成されるかでした。 このように複雑な超分子構造の酵素の解析はまだ手つかずの問題で、同時集合か、それとも逐次集合なのかの論争が起きていました。 大量培養大腸菌10kgからRNAポリメラーゼの精製を繰り返し、精製酵素の尿素処理後、全サブユニットを単離し、個別サブユニットから出発した試験管内再構成を目指しました。 その結果、サブユニットは一定の順序で集合する逐次集合であることを証明しました。 また、集合過程で形成される中間体のもつ部分活性を解析し、集合段階に沿って、各サブユニットの担う部分活性がいつ表現されるかを同定しました。 RNAポリメラーゼの集合機構を記載した、1970年代のJournal of Molecular Biology (JMB)論文シリーズは、複合蛋白の形成機構モデルとして評価され、この過程で利用した解析手法は、その後、多くの研究者に影響を与えたようでした。

試験管内再構成実験から提唱したサブユニット集合モデルを、生体内で実証するのが次の課題でした。 優秀な院生諸君が参加して、各サブユニット変異体コレクションを利用し、サブユニット遺伝子の変異に応じて、集合不全になる予想を見事に検証できました。 RNAポリメラーゼの形成機構の解明は、ウイルス研時代の石浜研の業績となりました。

ウイルスRNAポリメラーゼ研究への参画

分子生物学勃興興隆期では、細菌ウイルス(ファージ)は、重要な研究素材でした。 しかし、ウイルス研に参加し、動物ウイルスの実体的研究が殆どないことを理解しました。 ウイルス研で大腸菌RNAポリメラーゼ研究を支援して頂いたので、ウイルス研究にも貢献したいと考え始めました。 加えて、自己変革意識の弱い私は、新たな環境に入った時には、環境を利用して絶えず自己変革を目指していましたので、貴重な機会でもありました。 野島先生からは、せっかくウイルス研へ来たのだから、ぜひウイルスもやりなさいと助言を得て、新たな領域への進出を決心しました。

1970年前後に、RNAポリメラーゼやDNAポリメラーゼをもつウイルスが見つかり始めていました。 ウイルスはゲノムの担体で、ウイルスゲノムの発現や複製は宿主に依存すると考えられていた時代では、意識変革を迫られた発見でした。 これを契機に、ウイルスRNAポリメラーゼへの挑戦を決心しました。 マイナス鎖のRNAゲノムを持つRNAウイルスは、ウイルスRNAから翻訳ができないので、感染後にmRNAを作るためのRNAポリメラーゼが予めウイルス粒子の中にありました。 マイナス鎖ウイルスを素材に使えば、大腸菌RNAポリメラーゼ研究で獲得した生化学的手法で、RNAポリメラーゼを純化し、実体解析ができると予想しました。 ウイルス粒子のRNA合成活性を比較し、家畜の口内炎ウイルスVSV (Vesicular Stomatitis Virus)を利用することに決めました。

RNAポリメラーゼの精製は、大腸菌RNAポリメラーゼとDNAの転写複合体を、セシウム塩中での密度勾配遠心で濃縮し精製した経験を利用しました。 VSVウイルスのRNAポリメラーゼは、ウイルス粒子中では、ゲノムRNAに結合して存在します。 ウイルス粒子被膜を非イオン性界面活性剤で溶解し、RNAポリメラーゼ-RNA複合体を単離し、それをセシウム塩濃度を徐々に上げた超遠心分離を繰り返し、RNAから分離した酵素蛋白を、濃縮された活性状態で回収することに成功しました。 世界で初めての、ウイルスRNAポリメラーゼ精製となりました。1976年のことです。この方法は、微量試料から、希釈による失活を防いで酵素を純化する、今でも有効な方法と思っております。

1970年前後、RNAがんウイルス粒子に、逆転写酵素の存在が発見されました。 これを契機に、RNAをDNAに逆転写して研究する、新しい遺伝子工学時代が始まりました。 米国NIHでは、RNAウイルス大量培養で、逆転写酵素の供給が始まりました。 我が国では、その入手は容易ではなかったために、豊島久真男先生の要望で、レトロウイルスからの逆転写酵素の精製を開始しました。 これにも、セシウム塩中での密度勾配遠心が利用できました。

RNAポリメラーゼから見た転写制御

ウイルス研で大腸菌とウイルスのRNAポリメラーゼの2本立ての研究進行中に、国立遺伝学研究所(遺伝研)から招聘を受けました。 1970年代、我が国でも、組換えDNA実験がようやく一般化し、DNA配列データの生産が始まりました。 年々増え続けるDNA配列情報をデータベース化するため、アメリカのGenBank、ヨーロッパのEMBLと並び、日本でもDDBJ(DNA Data Bank of Japan)を構築する計画がもち上がりました。 分子生物学関係者の討論で、DNA情報は、遺伝学に密接に関係しているから、遺伝研が適当となりました。 遺伝研は当時、文部省直轄の独立研究所で、大学とは隔離されていました。 大学との連携を図るコーディネータになり、またDDBJ構築への支援を期待されて、遺伝研の要請を受け入れました。1984年のことです。

遺伝研では、集団遺伝学で著名な木村資生先生から、過分の支援を得ました。 新たな石浜研究室には、スタッフとして、福田龍二君、藤田信之君(現・製品評価機構)、永田恭介君(現・筑波大学)、山岸正裕君(現・産業技術総合研究所)、豊田哲也君(現・中国科学院上海パスツール研究所)、光澤 浩君(現・日本大学生物資源学科)、木村 誠君(現・理化学研究所)が参加してくれました。 遺伝研が、DDBJ拠点構築を契機に大学共同研究所となり、また国立共同研究所連合で編成された総合研究大学院大学に加わったことで、研究を目指す大学院生が集まり活気のある研究室ができました。

ウイルス研で、大腸菌RNAポリメーゼの形成機構はほぼ解明できましたので、遺伝研では、形成されたRNAがどの様に機能し、使われるかを解明する段階の研究に移行する方針を決めました。 RNAポリメラーゼによる遺伝子の転写開始シグナル・プロモーターの認識には、σサブユニットが関わります。 ウイルス研の由良研究室で、熱ショック応答遺伝子の認識には、新たなσ因子が関わることが発見されました。 これを契機に、特殊な環境応答に関わる遺伝子群の転写に関わるσ因子が、大腸菌で、合計7種類が同定されました。 これら7種類のσ因子が選択する遺伝子群・プロモーター群の同定、環境に応じた細胞内濃度変化の計測、RNAポリメラーゼとの結合強度の解析を通じて、RNAポリメラーゼの利用制御モデルを提唱しました。

RNAポリメラーゼは、σ因子を結合してホロ酵素になりますが、同一σ因子を結合したホロ酵素も、2段階目の転写因子との相互作用で、特異性が変換されます。 今では、大腸菌の転写因子は約300種類も知られています。RNAポリメラーゼの細胞内濃度を実測し、約2,000分子と推定しました。 ゲノム遺伝子総数約4,500より少ないことは驚きでした。 2段階の機能制御因子(7種類σ因子 x 300種類転写因子)との相互作用で、約2,000の転写装置に機能分化するモデルを提唱しました。 その実体を解明するには、2段階の転写制御因子のそれぞれが、認識し支配する遺伝子・プロモーターの全てを決め、RNAポリメラーゼのゲノム上の分配制御を実証する必要がありました。 同時代に、大腸菌ゲノム全塩基配列を決める集団研究が日米独立に開始されました。 日本側の、大腸菌K-12 W3110株のゲノム構造決定事業に参加しながら、密かに、RNAポリメラーゼのゲノム遺伝子間での分配制御による転写制御の全体像解明という大きな目標を立てました。

転写因子の作用機構解明の新たな展開の先導

大腸菌転写因子約300種の作用機構解明を目指す過程で、それらは、プロモーター周辺のDNAに結合するが、DNA上で、RNAポリメラーゼと直接に、蛋白-蛋白相互作用をして、転写に影響することを発見しました。 しかも、RNAポリメラーゼのどのサブユニットと相互作用をするかで、転写制御様式が決まることが明らかになりました。 この研究には、RNAポリメラーゼの試験管内再構成実験の経験が役立ちました。 各サブユニットに変異を導入し、変異サブユニットを利用して再構成をすることで、RNAポリメラーゼの特定部位に変異をもつ再構成酵素コレクションができました。 これを使うことで、転写因子ごとに、RNAポリメラーゼ上の接点を同定することに成功しました。 この成功には大きな反響があり、世界中から変異体RNAポリメラーゼのリクエストが来ました。 再構成変異RNAポリメラーゼコレクションを利用した共同研究は、世界20カ国100研究室にも上りました。 これをひとつの契機に、諸外国からの来訪者が増え、遺伝研時代の石浜研究室には、常時複数の外国人研究者が滞在し、研究室セミナーは英語で行いました。 研究世界から孤立し、研究中心から疎外され易いこの国に居て、研究先端の渦の中心で研究の営みをするための、ひとつの方策でした。

分裂酵母RNAポリメラーゼ研究への挑戦

遺伝研では、ウイルスRNAポリメラーゼの研究は、ヒトとの関わりが強いインフルエンザウイルスに絞って、ウイルスRNAポリメラーゼの精製、再構成、構造機能相関の先端的研究を展開できました。 インフルエンザウイルスゲノムは、8本のマイナス鎖の分節RNAから構成されていますが、その内、サイズの大きな3分節 PB1, PB2, PAから合成された、3種サブユニットからRNAポリメラーゼが形成されていることを発見し、それぞれの分担機能の同定もできました。 転写開始において、宿主細胞mRNAの5'端キャップ構造をもつ断片をプライマーにRNA合成を開始する特異な転写機構も発見しました。 ウイルスRNAポリメラーゼの研究は、宿主因子による機能制御が本質で、その研究は、遺伝研石浜研の同僚に引き継がれています。

一方、遺伝研の新たな環境での自己変革の標的は、真核生物のRNAポリメラーゼの分子的実体解明への挑戦でした。 博士論文研究以来中断していた研究の再開です。 新時代で、遺伝解析ができる素材に絞ることとし、分裂酵母のRNAポリメラーゼIIの分子解剖をする決心をしました。 サブユニット12種類から構成されていることが精製酵素の分析で推定されたので、全サブユニット遺伝子のクローニングから開始しました。

単離サブユニットからの再構成、サブユニット集合中間体の同定解析、サブユニット間の接触マップの作成など、大腸菌RNAポリメラーゼ研究で培った手法を全て動員しました。 ほどなく、RNAポリメラーゼ12種サブユニットの逐次集合機構を明らかにできました。 各サブユニットに作用する転写因子の研究に拡げる段階で、2002年遺伝研退職時には、ウイルスRNAポリメラーゼ研究同様、同僚研究者に研究プロジェクトを委譲しました。

ひとつの生物全ての転写因子の制御標的同定に向けて

RNAポリメラーゼ研究から始まった研究人生の最終目標は、大腸菌全7種σ因子、全300種転写因子の制御標的の同定と決めました。 その目標に向けて、全転写因子の精製と、純化転写因子を利用した制御標的実験系の開発を進めました。 大腸菌では、転写因子は、標的遺伝子プロモーター近辺に結合し、プロモーターに結合したRNAポリメラーゼと直接接触をして作用します。 従って、転写因子の制御標的を、結合DNA部位の同定から推測する実験系を立ち上げました。 これが、Genomic SELEX法です。 この方法を利用するためには、転写因子を全て精製する必要がありました。 転写因子の発現ベクター、精製転写因子、転写因子抗体コレクションを構築し、「ひとつの生物の全ての転写因子の制御標的を同定する」決心をしました。 停年退職後、この研究に余生を捧げる予定で、ウイルス研究の指導で立ち入りをしていた、日本生物科学研究所に研究スペースを得て、自ら獲得した科学研究費を資源に、継続研究を開始しました。

新たな理科教育への貢献を目指して

日本生物学研究所での研究が軌道にのり始めた折、法政大学から、新たな生命科学の学部創設への支援依頼を受けました。 都内の巨大私立大学でバイオの学部がないのは、人文系の法政大学だけでした。 少子化の時代を見据えて、生命科学にも専門分野を広げたいという希望があったようです。 京大以降、研究中心機関で大学院生以上の研究者と研究に勤しんできた人生で、現代学生の資質には全く無頓着でした。 今の大学の教育現場を見て、学生の幼さは驚きでした。 新たな理科教育への責任も感じて、生命科学部創設に協力することにしました。 未開拓の領域でしたから、新たな試みができることも決心の要因でした。

私立大学ですから、ひとりの教授が大勢の学生の指導を担当する必要がありました。 ひとつの試みは、現在は殆ど形骸化している理科系大学の卒論研究の改革でした。 新設学部では、2年生から研究室に配属し、卒論課題研究を開始する教育システムを導入しました。 このことで、社会性欠如が際立っている現代の学生に、同級生の横の繋がりに加えて、上級生や、教師と、研究室で接触できる機会を与え、日常生活での縦の繋がりの形成を期待しました。 また意欲のある学生は、休暇中にも研究に没頭できる機会を与えました。 大学では現在4年生の半年は、就職活動で卒論が中断されますが、2年時から実験を開始することで、就活期でも実験の組み立てができる学生が生まれてきました。 頑張った学生は、卒論執筆と、原著論文作成が平行してできる例も出てきました。 自然体験が乏しく、体制の意識誘導で自覚を喪失し、隠れた資質が埋もれたまま流されて行く現代の若者の、自己変革の僅かな引き金になればと考えて努力をしてきました。

大腸菌全転写因子の制御標的同定の完成を目指して

法政大学石浜研では、研究費雇用の研究支援員諸君が、大腸菌転写因子300種の精製に没頭し、純化転写因子を利用して、ポスドク・院生に加えて、学部学生の課題研究で、SELEX を利用した転写制御蛋白の制御標的探索を大規模で進めることができました。 SELEX で予測した制御標的は、個別に実験的に検証する必要があります。 膨大な実験をどこまでできるか不安ではありますが、大規模研究で得られた大量情報と、これらの研究で構築した研究資材を、可能な限り後世に残すことも重要と自覚しておりますので、その準備も進めている昨今です。

その一環として、最初に行った120 個ほどの転写因子の SELEX データは論文として報告することと平行して、「Transcription Profiling of Escherichia coli」(TEC)と命名したデータベースを構築し、遺伝研を介して、世界への発信を開始しました。 また、大腸菌まるごとの生命現象を高いレベルの研究を孤立して遂行することが困難なこの時代、石浜研で培った資材・情報を次世代に残す必要性を切実に考えております。

生化学と分子生物学の技術を極めて、原核生物・真核生物・ウイルスの3つのRNAポリメラーゼ研究を、同じひとりの人間が取り組むというのは、あまり例のないことでしょう。 転写研究でも、原核生物と真核生物は長い間別々の世界の研究と展開されて来ました。 相互交流がなく、情報は遮断されてきました。 しかし3つのRNAポリメラーゼ研究ができたことで、それぞれの研究に良い影響を及ぼしたことは確かで、膨大な課題に効率的に深く取り組めただけでなく、それぞれで研究の広がりに影響していたに違いないと、実践的に理解できました。 この経験は、今始まっている、微生物と動植物が共存する環境での相互交渉・相互交流の分子生物学の、新しい研究動向に密着して先端を進むために必要な経験・素養でしょう。 現在、我が国の基礎研究社会では、こうした将来を透視して、長いスパンの研究、膨大な知識と体験の上でだけ展開できる、奥深い研究を遂行できる人材が育っていないのが危惧されます。 残念ながら日本では、寧ろ、そのことはどんどん難しくなっています。 次世代を担う諸君には、短期的な成果目標だけに忙殺されないで、長い時間をかけても、良い仕事をすることに向かった研究をして欲しいと、切実に願っております。