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膜を通して見たタンパク質の世界

伊藤 維昭京都産業大学教授

伊藤 維昭
京都産業大学教授
  • 略歴

    1943年
    静岡県生まれ
    1966年
    京都大学理学部化学科卒業
    1971年
    京都大学大学院理学研究科修了、理学博士
    1971年
    京都大学ウイルス研究所 助手
    1978年
    カリフォルニア大学ロサンゼルス校 研究員
    1979年
    ハーバード大学医学部 研究員
    1980年
    京都大学ウイルス研究所 助手
    1988年
    京都大学ウイルス研究所 教授
    2006年
    大阪大学蛋白質研究所 招聘教授
    2009年
    京都産業大学工学部 教授
    2010年
    京都産業大学総合生命科学部 教授
    2014年
    京都産業大学シニアリサーチフェロー
  • 受賞

    2007年
    京都大学名誉教授
  • ウェブサイト

    京都産業大学総合生命科学部生命システム学科 千葉志信研究室

楽器がしたくて京大へ

静岡県の生まれで、浜松市で育ちました。田んぼに囲まれた田舎でしたが、特別に生きものが好きというほどではなかったと思います。でも友達と里山で遊んでいて、どんなところにも木や草とか生えているのを見ると、不思議に思ったのを覚えています。なんでこんなところに生えているんだろうとか、ここには僕の知らない草や木の世界があるんだろうなあ、とかね。生きものが持つ生命力を、なんとなく感じていたのかもしれません。

中学生の時に磐田市に移って、地元の磐田南高校に進学しました。でもこの高校は実は父が校長を務めていて、本当は行きたくなかったんです。息子としてはやっぱり嫌じゃないですか。まあ、なんとか3年間過ごしましたけど。

進路を考える時になって、理数系の成績がよかったのと、自分は口下手だから文科系は向いてないなあと思って、理系を選びました。東京大か京都大をめざす生徒が多かったので、私も大学のパンフレットを取り寄せると、京都大学の交響楽団はレベルが高いと書いてある。音楽が好きでずっと楽器をやりたいと思っていたんですが、家では習わせてもらえなくて。京都大学に進学したのは、理学部に行きたいというよりも京大交響楽団に入りたかったというのが、本当の理由だったかもしれません。

念願かなって京大交響楽団に入部すると、バイオリンのような花形楽器は経験者で占められていましたが、空いているパートなら未経験者でも受け入れてくれました。ファゴットという低音の木管楽器を担当し、大学の4年間は朝から晩まで練習してましたね。おかげで成績は芳しくなく、最初は物理学科に行こうと思ったのですが点数が足らず、代わりに選んだ化学科も教養部の単位を一つ落としてしまい、仮進学という有様でした。

化学科では生物化学の研究室で、天然物有機化学を学びました。自然界から物質を抽出し、構造決定や有機合成を行うのです。実験は好きだったのですが、テーマはあまり面白いと思えませんでした。ちょうどその頃、生物にはDNAやRNAがあるらしい、ということがちらほらと耳に入ってきて、京都大でもウイルス研究所でその研究ができるらしいと知ったんですね。化学科からも、希望すればウイルス研の化学部門に進学できると聞いて、大学院を受けました。

大学院のローテーション

化学部門の初代教授は、日本の分子生物学の草分け的存在と言える渡辺格先生です。私が入った時にはすでに慶應大学に移られていて、生化学が専門の杉野幸夫先生が後任の教授になられていました。ウイルス研はまだ建物がなく、医学部にいくつか分散していた時代です。杉野先生は医学部医化学講座の早石修先生と交流があり、ランチョンセミナーを合同で開催するなど、研究室の壁を越えた議論ができるのが新鮮でしたね。

大学院でのテーマを決める方法も独特でした。大学院に入った学生はまず、教授の杉野先生、助教授の由良隆先生と川出由己先生の3人のもとで実習をローテーションすることから始めるんです。杉野先生は生化学で、由良先生は大腸菌の遺伝学。川出先生は、超遠心分析など生物物理学的な取り組みをされていました。これらを1年弱の間に経験できたのは、今から思うと密度の濃い、ぜいたくな大学院生活のスタートでした。杉野先生は研究室の運営に先進的な考えをお持ちで、助教授の先生方にはそれぞれ独立した研究をさせていたのです。院生がどこに配属するかも、ローテーションの後に自主的に決めて良いことになっていました。

3人の先生に学んで、やはり分子生物学がかっこいいという気持ちもあって、由良先生を選びました。由良研の助手をされていた平賀壯太先生と、大腸菌トリプトファンオペロンの研究を始めたのです。平賀さんは次々と仮説を考えてモデルを立てて検証していく、非常に鋭い思考の方でした。平賀さんが見つけた変異体の解析を行って、tRNAにトリプトファンを付加するトリプトファニルtRNA合成酵素が、オペロンの調節に関係していることを発見しました。このトリプトファンオペロンの研究が、私の学位論文になりました。実はこの時、自分では意識していませんでしたが、私の大きな研究テーマとなるタンパク質の翻訳研究に、すでに入り込んでいたのです。

生化学はハードワーク

ウイルス研の建物も整備が進み、新しい組織を拡充させていきました。由良先生は新設の遺伝学部門の教授になり、RNAポリメラーゼの研究をしていた石浜明先生をアメリカから助手として迎えられました。その石浜先生が化学部の助教授として独立するとき、私が助手に採用されたのです。RNAポリメラーゼは当時まだその遺伝子や機能がよくわかっておらず、由良先生は変異体を解析する遺伝学的手法で、石浜さんは大腸菌をすりつぶしてタンパク質を抽出する生化学的手法で、それぞれRNAポリメラーゼを構成するサブユニットを調べていました。私も、単離したサブユニットをバラして再構成するなど、タンパク質を扱う生化学の手法を身につけることができてとても勉強になりました。

生化学者はハードワーカーが多いのですが、石浜さんも徹底的にやるタイプです。ウイルス研の地下に巨大なジャー・ファンメンター(大量培養装置)があり、大量に培養して、大量に酵素を精製するんです。生化学でいい研究をするためには十分な量のタンパク質が必要ですから、これが我々の強みとなるのですが、正直きついなあと思う時もありましたね。ある年、12月30日に明日大量培養をやるよ、って言われて、大晦日の朝に菌を植えつけたことありました。半日かけて集菌したものはドライアイスで凍らせたので、さすがに元日から来いとは言わなかったですけど。石浜さんのところで5年くらいRNAポリメラーゼの研究をしたのち、今度は由良研で助手の募集があり、また戻ることになりました。

膜を切り口にした分子生物学

由良研では、大学院生の中村義一さんがσ因子の遺伝子を同定するなど、RNAポリメラーゼの遺伝学が佳境に入っていました。ですが由良先生は私に特に何をしろというのでもなく、テーマは自由に考えさせてもらえました。ちょうど、私の方も何か独自なことをしたいと思っていましたので、ありがたかったですね。RNAポリメラーゼや転写制御は、DNAの情報が引き出される最初のステップですから、生命科学の重要なテーマです。しかし私は、細胞内の出来事を理解する切り口が他にも必要ではないかと考えました。

分子から生命を還元論的に理解しようとするのが、分子生物学です。しかし、分子の性質から細胞の営みを記述しようとしても、階層の異なる生命現象が簡単に説明できるわけではありません。1970年代後半のことですが、当時の分子生物学者は、還元論的に説明できない「壁」にぶつかると、なんでも膜のせいにするようなところがあったんです。膜は、細胞内の分子システムを統合する象徴と言っていいかもしれません。例えば、DNA複製が細胞周期で1回だけ起こるのはなぜかという問いに対して、DNAや複製装置だけ考えていても答えは出ない。そこで、DNAの複製起点や複製酵素が細胞膜に結合していて、分裂周期と同調させているのではないかと考える人が結構いました。タンパク質の個別の活性を統合的に考えるときに、細胞膜や、細胞膜に埋め込まれたタンパク質が重要ではないかという雰囲気があったのです。それで由良先生に膜をやりたいと言ったら、いいんじゃない、と言ってくださりました。

さて膜をテーマに何をするかですが、考え方は2つあります。一つは、膜がどのように機能しているかを調べること。もう一つは、膜がどのような仕組みで作られるかを調べることです。私が選んだのは後者です。まず、膜の機能に密接に関わる膜タンパク質が、リボソームで合成されてからどのような順番と速度で膜に向かうかを、放射性同位体を使ったパルスラベルで追跡しました。さらに、膜タンパク質合成の全体像を見てやろうという野心もありました。今でいうプロテオミクス研究の先駆けといえるでしょう。

大腸菌の表層タンパク質は、内膜、外膜、ペリプラズムの順番に局在するという結果を、創刊されて間もないCell 誌に報告しました。しかし残念ながら、それ以上の詳しい分析はゲノム情報が存在しない時代には難しかった。全体的なこと見ているだけではダメと悟り、宗旨替えをして、特定の膜タンパク質の合成過程に焦点を当てて、地道に追うことにしました。

シグナル仮説をめぐる論争

次の展開を考えているとき、ファージのコートタンパク質がホストである大腸菌の細胞膜に取り込まれる現象を解析していた、UCLAのBill Wickner博士の研究を知りました。膜タンパク質のモデルとして興味を持ち、由良先生の了承を得て、留学させていただくことになりました。

その当時、のち(1999年)にノーベル生理学・医学賞を受賞することになる細胞生物学研究の大御所Günter Blobel博士が、タンパク質のN末端の配列が膜へのガイド役になるというシグナル仮説を提唱していました。Wicknerはラボを立ち上げたばかりの若い研究者で私より1歳年下でしたが、一旗あげたいと思っていたところがあるのか、Blobelと対立するような学説を出そうとしていたのです。Blobelの説では、合成途上の分泌タンパク質がシグナル配列のはたらきで膜に結合して、合成とともにタンパク質が膜を通過していく。つまり、合成とのカップリングが重要というわけです。一方Wicknerは、タンパク質の合成が完了してから、リボソームなどの翻訳装置とは独立に、構造変化を伴って膜移行すると主張しました。すなわち、co-translationalか、post-translationalか、の違いです。そこで私は、ファージのコートタンパク質のパルスチェイス実験を行いました。結果は、Wicknerのpost-translational説を支持するようなデータだったんですね。

研究がまとまってくると、Blobelも参加するコールドスプリングハーバーのミーティングで発表してこいと、私が派遣されました。Blobelと私は、お互い対立する仮説の発表を行ったわけです。Blobelは、一見いかつくて怖い先生ではあるんですけど、私には親切に接してくれました。そしてコールドスプリングハーバーではもう一つ出会いがありました。ミーティングの座長を務めたのが、遺伝学からタンパク質局在化の問題を解こうとしていたJohn Beckwith博士で、その後に留学したハーバード大学の先生でした。

実は、個人的にはコールドスプリングハーバーに参加する目的の一つは研究室移動の可能性を探ることにもあったのです。Wickner研での仕事は面白かったし、彼のpost-translational仮説もなるほどと思うところはあるんですが、なんとなく、彼の仮説に合うデータを期待されている感じもありました。翻訳と分泌の問題を解決するには、もう少し客観的に、遺伝学的な解析を行う必要があるのではないかと思い始めていたのです。

Beckwith先生は30代でハーバードの教授に就任し、その前はパスツール研でジャコブやモノーと一緒にオペロンの研究をされていた方です。転写開始点を同定してプロモーターと名付けたのは、実はBeckwithです。多くの研究者から尊敬されるサイエンティストであり、Wicknerも一目おいていたと思います。Wicknerには悪いと思いながら、彼のところに行きたいというと、快く送り出してくれました。U-HAULのトレーラーを引いて、ロスからボストンへ大陸横断の引っ越しです。

もう一度遺伝学へ

Beckwith博士は、まだ制限酵素など遺伝子組換え技術がない時代に、ファージが起こす遺伝子融合現象を利用して、分泌タンパク質とβガラクトシダーゼ(LacZ)の融合遺伝子を作っていました。βガラクトシダーゼは細胞質で4量体として働き、酵素活性を寒天培地での大腸菌コロニーの発色で検出できるため、遺伝子発現の解析など様々な実験に使われていました。

細胞の局在を決めるのが分泌タンパク質側の配列ならば、分泌タンパク質との融合タンパク質も細胞質の外に分泌されるはずです。しかしLacZはもともと細胞質で機能するタンパク質ですから、分泌が完全に起こる前に折りたたみが始まり、その状態では膜を完全には透過できずジャミングが起こり細胞は死んでしまったのです。シグナル仮説では、細胞の膜にはシグナル配列を認識して膜を透過させる孔が形成されることが予想されていました。Beckwithの実験は、融合タンパク質のジャミングがこの孔で起きたことを示唆します。つまり、膜透過に関わる分泌装置が存在することの間接的な証拠となるわけです。膜透過に関わる因子の手掛かりを得るため、遺伝学的手法の駆使を得意とする彼らは、ジャミングが起こらず死ななくなるような変異体を探したのです。例えば、分泌タンパク質側のシグナル配列がおかしくなれば膜への標的が起こらなくなり、膜に悪さをしなくなりますね。実は、Blobelが提唱したシグナル配列が実際に生きた細胞で機能していることは、このような解析で証明されつつあったのです。またこの方法で、分泌装置の変異体がとれる可能性もあります。大腸菌の遺伝学を用いた、非常に鋭い切り込み方の仕事で、これだと思いました。

ハーバード大学に移り、分泌装置の変異体探しに取り組みました。膜でジャミングを起こしたLacZは4量体を形成できず酵素活性を持たないことなどを利用しようとしましたが、残念ながら残りの留学期限は10ヶ月しかなく、目的の変異体をとることはできませんでした。しかし幸い、帰国後もこのテーマを続けることができました。

ついに捉えた分泌装置

私が帰国した後、タンパク質の分泌に異常が起きる一連の変異体がsecと名付けられ、Beckwithの研究室から報告され始めました。すなわち、分泌に関わる装置の実体解明です。ただ、Blobelが存在を予言した、膜にタンパク質を通す孔を作るような因子はまだ見つかっていませんでした。私は、少し別の問題意識から分泌の問題に取り組み始めていました。分泌と翻訳の関係です。非常に単純なアイデアですが、シグナル仮説が言うように、分泌と翻訳が本当にカップルしているのであれば、リボソームなどの翻訳装置の変異体の中にはタンパク質の分泌がおかしくなるものがあるのではないかと考えたのです。東京大学でリボソームタンパク質の遺伝子の変異解析をしていた梨本裕子さんに共同研究を申し込みました。梨本さんから変異体をもらい、私の方は単純な力仕事なんですが、タンパク質をラベルして分泌タンパク質を免疫沈降し、その大きさを電気泳動で調べる作業を繰り返したのです。シグナル配列は膜を透過する時にだけ必要で、分泌がうまくいくとタンパク質から切り取られます。しかし、膜透過の異常により膜を透過できなかった分泌タンパク質は、シグナル配列が切り取られません。つまり、野生型の産生する分泌タンパク質よりシグナル配列の分だけ、電気泳動のバンドが上にシフトするはずです。そのような変異体がないか片っぱしから調べたところ、まさに、期待した通りの現象が起きる変異体がありました。それは、リボソームタンパク質のオペロンの中の遺伝子が原因らしいとわかりました。

あとはその遺伝子の正体をつきとめるわけですが、DNAの配列決定は当時まだ日本で普通に行える実験ではありません。ちょうど、ウィスコンシン大学でリボソームタンパク質を研究していた野村眞康先生がこの領域の配列を決定し始めていることを知り、アメリカに渡って一緒に解読させてもらえることになりました。配列決定が進んでいくと、実は原因遺伝子はリボソームタンパク質ではないことが判明しました。リボソームタンパク質のひとつであるS5遺伝子の後ろに、XとYと名付けられた未知のORFが2つあり、このうちのYが我々の遺伝子だったのです。リボソームタンパク質の遺伝子の中に分泌に関わる遺伝子が紛れ込んでいたわけで、この位置にあることに何か意味があるのかわかりませんが、結果的には非常にラッキーでしたね。もともとのORFに仮につけられた"Y"を借りて、この遺伝子をsecYと名付けました。

Secトランスロコンの構造と機能

現在では、SecYが、SecE、SecGという小さな2つの膜タンパク質とともに、ポリペプチド鎖透過チャネル(トランスロコン)を構成することが確立しています。SecYがその主成分です。当時は、アミノ酸配列から膜貫通ドメインを10個もつ膜タンパク質と推測されましたが、疎水性が非常に強いため可溶性タンパク質を対象に開発された方法では扱いが難しく、タンパク質として検出すること一つとってもいろんな工夫が必要でした。精製と結晶化、さらにはX線回折像の取得も難しく、SecYの立体構造解析は困難を極めました。助手だった森さんと大学院生だった塚崎さんが忍耐強く取り組み、東京大学の濡木理教授との共同研究で、5年間かけてX線結晶構造解析に成功しました。良い共同研究者に恵まれたのは、実にありがたいですね。

米国の研究者による構造決定と共に立体構造が解明されたことにより、SecY複合体がどのようにタンパク質を膜透過させる経路を作っているのかの仕組みが明らかになっていきました。Secトランスロコンは、完全に折りたたまれる前の変性状態のタンパク質を通す膜を貫通する通路を形成します。この経路は、分泌タンパク質の膜透過に使われることはもちろんですが、水平方向にも開いて、膜タンパク質の膜への埋め込みにも働きます。原核生物のSecY、SecE、SecGに相当して、真核生物ではSec61α、Sec61β、Sec61γがトランスロコンを形成していることが別のグループの研究で解明されました。タンパク質の膜透過は全生物に共通の仕組みで行われているのです。

一方、Beckwithの研究室で最初に見つけられたSec因子であるSecAは、分泌タンパク質をATPのエネルギーでトランスロコンの中に押し込む、一種のモータータンパク質です。SecAの立体構造の決定にもアメリカのグループに次いで関与しました。しかし、SecAに関しては完成したSecAタンパク質の研究ではなく、SecAタンパク質の合成がどのように制御されているのかという問題で、さらに面白い発見をすることができました。

なぞの遺伝子X

SecAの発現は翻訳レベルで制御されていて、例えばSecYに変異が起きて分泌装置の効率が悪くなると、SecAの合成がアップしてそれを補おうとします。この翻訳調節に、どうやらsecA遺伝子の上流にありオペロンを形成している未知の遺伝子Xが関係しているらしいということは、Beckwith博士らの研究で明らかにされていました。しかし、X遺伝子が作るタンパク質の研究はほとんどなされていない状態で、制御のメカニズムは不明でした。X遺伝子の作るタンパク質はシグナル配列を持っており、私は、Xタンパク質の分泌と翻訳には何か関係があるのではないかと思いました。まずは、X遺伝子のつくるタンパク質を突きとめて、その性質を調べる必要があります。

その頃私の研究室は、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)に採択されていて、研究費に余裕があったんです。そこで、X遺伝子の産物を抗体によって検出するため、予想されるタンパク質配列をもとにしたペプチド抗体の作製を発注しました。幸い良い抗体ができたのですが、このタンパク質は一筋縄では検出できませんでした。

まず、遺伝子Xが作るタンパク質は、細胞表層に分泌されると、ペリプラズムに存在するプロテアーゼによりすぐ分解されてしまうことがわかりました。これが免疫沈降で捉えられない原因の一つでした。もう一つの原因は、このタンパク質は合成される途中で、終止コドンにたどり着く少し前で翻訳が止まってしまうことです。その結果、合成途中のタンパク質がリボソームから乖離しない状態になってしまいます。リボソームにはトンネルのような構造があって、通常のタンパク質合成の場合、できかけのタンパク質はトンネルの中に収容され、だんだん伸びるに従って外に出ていきます。しかしこのタンパク質は特殊なアミノ酸配列(アレスト配列)を持っていて、トンネル内の配列と相互作用して自らの翻訳伸長を止めていたのです。

細胞の分泌活性をモニターするSecM

なぜそんな配列を持つタンパク質が進化したのかというと、これがまさにSecAの翻訳制御の鍵だったのです。SecAの開始コドンの数塩基上流にリボソームが結合する配列(SD配列)があり、原核細胞の翻訳開始にはこの結合が必須です。ところが、この部分のmRNAが二次構造(ステム構造)を取るためSD配列が閉じ込められ、リボソームがmRNAに結合できないようになっています。一方、SecAのmRNAの上流には遺伝子Xがありますから、ここで翻訳伸長アレストが起きている状態ではリボソームがmRNA上で立ち往生しているため、ステム構造の形成を邪魔しているわけです。そのような状態の時に限り、細胞にある別のリボソームがSD配列を認識し、SecAの翻訳を始めることができるのです。

アレスト状態が解除されるのは、合成途中のタンパク質Xが、分泌装置に引っ張られてその翻訳伸長が再開される時です。分泌装置が正常に機能している状態では、タンパク質Xの翻訳伸長アレストが解除されていくため、SecAのmRNAはステム構造を取っている時間が長く、SecAの翻訳は一定のレベルに抑制されています。ところが細胞の分泌活性が落ちると、タンパク質Xの翻訳伸長アレストが解除されず、ステム構造がほどかれた状態が長くなります。すると、他のリボソームがmRNAにエントリできるので、SecAの翻訳がどんどん起こります。細胞の分泌活性を感知して、SecAの合成量にリンクさせる、実に見事な仕組みです。その仕組みを実現しているタンパク質Xは、分泌機能のモニター役という意味を込めてSecMと名付けました。

SecMは、生まれかけの時にしか働かない、ちょっと変わったタンパク質です。自分自身がSecトランスロコンの基質であり、基質としてトランスロコンの活性をモニターしている以外に機能はありません。だから翻訳が完了して分泌されるともう用はないので、すぐ分解されるのでしょう。

普通は細胞のフィードバック制御というと、転写制御を介するものが多く、また、細胞の状態を反映したシグナル分子とか代謝産物の濃度変化などが感知されます。たとえばSec装置の活性が落ちると、分泌タンパク質がうまくいかなくなって、回り回って細胞の状態が変わり、それをなにがしかの転写因子が受け止めて遺伝子の転写が始まる、というようなネットワークです。これに対してSecMは、基質であると同時にモニター因子でもあり、分泌装置の活性を直接リアルタイムに感知して、活性低下があればそれによる生理状態の変化が起こるよりも前に、SecAのレベルを調節するのです。

最近、タンパク質の翻訳というのは、一定スピードで機械的に起こるものではないことがわかってきています。SecMは、そういう現象を最大限に利用しているわかりやすい例と言えます。タンパク質が生まれかけの時に、自分を作る「工場」を操って、ブレーキをかけると言った仕組みがあるんですね。このような新しい視点でのタンパク質科学が今後は重要になるはずです。実際、翻訳伸長の全体像を理解する ribosome profiling という実験手法を用いた研究が盛んになり、また日本でも新生鎖の生物学という研究領域が注目されつつあります。自分の研究が一つのきっかけとなって、新たな潮流の始まりを見ることができたのは、とても幸運なことです。

セントラルドグマを調節する多様な仕組み

タンパク質が生み出される場面を見続けていると、生きものは、DNAからの転写とRNAの翻訳というセントラルドグマをしなやかに調節するために、ありとあらゆる過程でさまざまな仕組みを使っているように思います。

私たちがSecMで見つけたアレスト配列は、実は進化的にはそんな古いものではないんです。SecMはそもそもガンマプロテオバクテリアの特定の属だけにしかありません。では翻訳伸長アレストという現象が特殊な例外にすぎないかというと、そうは思っていません。リボソームは、すべての生物種で根本的に保存された翻訳のコアとなる仕組みを用いながらも、それぞれの種が特異的なプロテオームをうまく作るために特異化もしているようです。何が進化したかと考えると、タンパクを送り出すメカニズムに多様性を生み出す余地があったということではないでしょうか。例えば枯草菌では、分泌タンパク質であるSecMとは異なり、膜タンパク質がモニタータンパク質として働いてタンパク質を膜に挿入する装置の合成を調節しています。

また海洋性細菌のビブリオでは、汽水域など環境のナトリウムイオン濃度が低い真水に近い環境では働けないナトリウム依存の分泌装置が普段は働くのですが、汽水域では分泌活性の低下をモニターして、真水でも働ける分泌装置成分を合成するのです。このモニターをしているのが、SecMと同じ分泌型アレストタンパク質です。このビブリオでの発見をしたのは今ウイルス研にいる方々ですが、アレストタンパク質がリボソームで目詰まりを起こすのは便秘みたいだと言う冗談が、本当に遺伝子・タンパク質の名前VemP (Vibrio protein export monitoring polypeptide) として実現してしまったそうですよ。いずれにせよ、お堅いと思われていた翻訳というプロセスが自らに産物によって環境に応答した制御を受けることがわかってきたことになります。遺伝情報発現のセントラルドグマがダイナミックな展開をすることを示せた意義は大きいと考えています。

以前、私たちの仕事を紹介した時に、ある人から、ずいぶん細かいことやってますねえと、ひとことで片付けられてしまったことがあります。でも生物にとって大事な多様性は、その細かさに潜んでいます。すでによく知られている現象だと思われていることでも、見方を変えることで、新しい発見につながるものが現れてくることがあるのです。

生物の進化の過程ではいろいろなことが起こりえます。これが選択圧の原理と組み合わされることで、多様で精巧な生命現象が成り立っているというのは、生物学の重要な基本認識の一つですよね。私たちの研究は、翻訳という生物がもつ基本の仕組みに対しても、その考え方があてはまることを示せたのではないかと思っています。