京都大学 ウイルス・再生医科学研究所

平成29年9月20日に京都大学ウイルス・再生医科学研究所第1回個体の中の細胞社会学ワークショップを開催しました。

「個体の中の細胞社会学」は、生命現象の本体を明らかにする研究課題として、統合新研究所であるウイルス・再生医科学研究所が新たに取り組む課題です。そこで、平成29年9月20日に京都大学楽友会館2階講演室で、第1回個体の中の細胞社会学ワークショップを開催しました。
当日は、開祐司研究所所長の本研究所が「個体の中の細胞社会学」に取組む経緯についての紹介に続いて、理化学研究所(以下理研)の3人の研究者に加え、愛媛大学、九州大学、東京大学、関西医科大学、京都大学のそれぞれの研究者による合計8つの講演がありました。
まず、理研統合生命医科学研究センターの岡田峰陽博士より皮膚の恒常性維持における表皮バリアと神経細胞の関係性についてのお話がありました。アトピー性皮膚炎モデル動物の解析から痒みにより増悪された表皮ではタイトジャンクションが破壊され神経細胞が露出した画像解析結果を紹介されました。そして、二光子顕微鏡解析から、表皮再生におけるタイトジャンクション形成過程においてその下層の神経細胞の刈り取り(pruning)が起きることをみつけられています。アトピー性皮膚炎においてにタイトジャンクション破壊が先か、痒みを感知する神経細胞の配置がまず問題か今後の課題であります。
次に同じ理研統合生命医科学研究センターの藤井眞一郎博士は、NKTリガンドにより活性化されるNKT細胞研究から博士らが独自に開発した人工アジュバントベクター細胞(aAVC)を紹介されました。aAVCは、NKT細胞をトリガーとして樹状細胞の活性化を促す宿主側の生体内樹状細胞の標的療法で、これまで困難とされてきた(i)自然免疫、(ii)獲得免疫、(iii)記憶免疫を効率的に誘導する多機能性がんワクチンです。現在、東大医科研で臨床治験が始まり、その成果が大いに期待されます。
愛媛大学の山下政克博士は、免疫細胞であるT細胞の代謝について、静止期ではTCAサイクルが主に働いているが、抗原認識後の活性化T細胞では解糖系が活性化されるともに、グルタミン代謝が促進され、エネルギー産生が活発になることをお話になりました。グルタミン代謝の亢進過程の解析から、アルファケトグルタル酸がヒストン脱メチル化酵素(KDM2-7)、特にKDM6の補因子となり、活性化T細胞の運命決定のエピゲノム制御に関与していることを紹介されました。特にTh2細胞の運命決定のエピゲノム制御に関与していることを紹介されました。同じT細胞でもその活性化における代謝変換メカニズムが異なるとのことです。
理研統合生命医科学研究センターの谷内一郎博士は、T細胞の生成に必須な分子であるRUNXを発見された経緯の中から、T細胞が細胞機能を教育される臓器である胸腺へ前駆細胞を導く分子メカニズムについてお話になりました。転写因子であるCBFβ2というCBFβ遺伝子のスプライシングバリアントが硬骨魚類への進化過程で出現したために、胸腺でT細胞が分化するプログラムが頑強化されたという進化生物学のお話です。多くの生物種で保存されているCBFβという転写因子のC末端のアミノ酸配列の変化がT細胞を有する生物種の出現に貢献したという免疫の進化過程を説明する極めてスケールの大きなおはなしでした。
九州大学血液内科の前田高宏博士は、急性骨髄性白血病(AML)の治療標的分子のスクリーニング法として、AML 細胞への網羅的CRIPSR-Cas9導入ライブラリ法の開発について紹介されました。レンチウイルスによって遺伝子ドメイン含めた網羅的gRNAをAML細胞に導入し、in vitro並びにin vivoにおける増殖性を指標に標的遺伝子の破壊によりドロップアウトする遺伝子を次世代シークエンス解析により見出すという方法です。その結果、複数の遺伝子候補を見出し、その中から阻害剤が入手可能な分子に絞りこみ、その阻害剤の投与によりAML細胞の増殖にどのような影響が起きるか説明されました。その候補遺伝子ホモ欠損の家系調査まで行われていて、この阻害剤での血液異常は起こらないと想定されています。現存のこの阻害剤の分子構造まで投影された分子モデル解析より、さらに優れた阻害剤開発の可能性も秘めているとのことです。
東京大学先端科学技術研究センターの谷内江望博士は、DNAバーコード法により網羅的タンパク質間相互作用(インタラクト―ム)解析が可能なことを、酵母細胞への導入実験から示されて、バーコード法がこれまでのインタラクト―ム解析をより早く簡便に進めることができる新たな解析法であることを紹介されました。さらに、DNAバーコード時計法という、細胞分裂毎にバーコード配列が変化するという細胞追跡法を紹介され、現在AIDタグ付加変異型Cas9を使った独自の手法が紹介されました。さらにロボットを使った科学実験(ロボティクスと生命科学実験)の融合という刺激的なおはなしがあり、将来の科学者は実験をロボットに発注する時代になるとの提案があり、会場はどよめきました。
関西医科大学の上野博夫博士は、哺乳類成体幹細胞を4色にマーキングすることで組織幹細胞からの細胞系譜を追跡する実験から、内胚葉組織では非常に少数の幹細胞に由来することを見出されたことをまず紹介されました。そして、さらにCre/loxPの組換えシステムを導入された多色マーキングマウス(レインボーマウス)を作製され、新規の成体幹細胞として舌上皮細胞、味蕾細胞、食道上皮にそれぞれの幹細胞を見出されて、その発生過程を画像で紹介されました。現在取り組まれている超多色細胞系譜追跡とバーコード法の融合による網羅的幹細胞探索のプロジェクトの紹介があ理ました。
最後に京都大学生命科学研究科の井垣達吏博士は、細胞と細胞がコミュニケーションすると細胞間の選択が起きる細胞競合現象についてお話されました。この細胞競合によって、がん細胞などの異常細胞に発現するPTP10Dが隣接する細胞が発現し局在が変化したSas分子と相互作用することにより排除される過程をショウジョバエモデルにより証明されました。異常細胞のPTP10Dを介するシグナルは、 JNK分子がRasと協調的に作用する際に初めて増殖シグナルとして働くことも示されて、がん化メカニズムも説明されて納得です。
これらの内容は、細胞と細胞がそれぞれコミュニケーションする分子メカニズムがこれまでに考えられている以上に多様性に富むこと、医学生命科学の研究手法が今後大きく変わる可能性など、極めて刺激的な内容でした。本研究会には91名が参加し、医学・生命科学研究の発展に、分子生物学はもちろん、イメージング学、次世代シークエンスを中心としたゲノム解析学がどのように進展しているのか、熱心な議論が行われました。最後に、河本宏ウイルス・再生医科学研究所副所長が、これほど面白くなってきた学問の新展開についての大きな期待を述べて閉会となりました。医学、生命科学から数理科学やロボット工学を使った異分野融合をさらに推進するきっかけとなるワークショップになりました。

開所長

谷内江博士

 

 

 

 

 

 

 

 

* 第1回個体の中の細胞社会学ワークショップのポスターはこちらをご覧ください。