京都大学 ウイルス・再生医科学研究所

数理理論が予測した6つの因子で、92因子を含むホヤの遺伝子ネットワークを完全操作

小林健司1、前田一貴2、徳岡三紀1、望月敦史3、佐藤ゆたか1
(1京都大学大学院理学研究科生物科学専攻動物学教室、2福知山公立大学情報学部、3京都大学ウイルス・再生医科学研究所数理生物学分野)

Using linkage logic theory to control dynamics of a gene regulatory network of a chordate embryo

Scientific Reports (2021) doi.org/10.1038/s41598-021-83045-y

概要

最新の生命科学では、様々な生命現象に多数種の生体分子が関わり、それらの相互作用がネットワークと呼ばれるほどに複雑であることが、分かってきています。複雑なシステム全体から生まれるダイナミクスこそが、生命機能の本質なのだと考えられています。これに対し我々は、システム全体のダイナミクスを捉え、操作するための鍵分子を、ネットワークの構造だけから決定する数理理論、リンケージロジックを開発してきました。この理論を用いて、ホヤの初期発生において、7種の組織(表皮、脳、神経系、間充織、脊索、内胚葉、筋肉)の違い、すなわち細胞運命を司る遺伝子ネットワークを解析した結果、92の因子を含む遺伝子調節ネットワークの振る舞いが、たった5つの因子(Foxa.a, Foxd, Neurog, Zic-r.b, Erk signaling)だけで、捉えられ制御できることが、予測されました。つまり、ネットワーク情報が完全であるならば、これらの因子の活性操作だけで、ホヤの細胞運命を自由に制御できることになります。この予想は実験的に検証され、7つの組織のうち、筋肉を除いた6種の細胞が、5つの因子の活性操作により、自由に誘導できることが分かりました。それと同時に、5つの因子の網羅的操作によっても、筋肉だけが誘導できなかったことから、ネットワーク情報にわずかに欠落があることが予想され、課題として残されました。

今回、リンケージロジックと発生遺伝学を組み合わせた解析を行うことで、ネットワーク情報の更新と、カタユウレイボヤの細胞運命の完全操作に成功しました。まず、「遺伝子間制御が1つ加わることで理論が定める鍵分子が変わる」という基準で、未知の遺伝子間制御の候補をリストしました。次に、リストされた遺伝子間制御を検討したところ、その中の一つが実際に働いていることが、分かりました。新たな制御を加え、更新されたネットワークを解析したところ、鍵分子は5つではなく、6つの因子(Foxa.a, Foxd, Neurog, Zic-r.b, Erk signaling, Tbx6-r.b)を含むことが分かりました。6つの因子の活性を操作したところ、筋肉を含めた7つの組織を誘導することに成功しました。

この結果は、遺伝子に関する生物学的知見を用いず、ネットワーク情報だけから鍵分子を決定し、実際にシステムの完全操作に成功した、という例を見ないものです。また、リンケージロジックは、仮定を導入しない理論であるため、ネットワーク情報の欠落の可能性、という強い結果を導くことができます。このように、数理理論と実験手法を組み合わせて合理的に生命システムの働きを解明する研究は、今後の生命科学を強力に推し進めると考えられます。

図: ホヤの初期発生の遺伝子制御ネットワークに対するリンケージロジックを用いた解析