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2021年2月24日
ウイルスにとって有利な遺伝子変異を検出する新規アルゴリズムの開発など、新型コロナウイルス感染症に関わる複数の研究成果について

古瀬 祐気1,2

(1京都大学 ウイルス・再生医科学研究所、2京都大学 白眉センター)

Identifying potentially beneficial genetic mutations associated with monophyletic selective sweep and a proof-of-concept study with viral genetic data.

mSystems (2021). https://doi.org/10.1128/mSystems.01151-20

概要

ウイルスをシステム的に理解するためには、それを形成するウイルス集団の多様性と進化を理解することが重要です。有利な遺伝子変異が選択されていく状況として「正の選択」がありますが、これには多様性を生み出すためのdiversifying selectionと特定の変異を獲得保持するためのdirectional evolutionがあります。特に、多系統的にdirectional evolutionの起こる状況はconvergent evolution(収斂進化)と呼ばれます。進化の過程で起こった変異イベントの回数を数えて統計的な偏りを検定することで、diversifying selectionやconvergent evolutionが起こっているゲノム上の位置を各コドンのレベルで検出することが可能です。一方で、有利な変異によって個体のフィットネスが大きく上昇すると、変異イベントが1回起きるだけで、獲得された遺伝子変異をもつ個体の子孫が集団の中の多数を占めるようになります。この過程はselective sweepと呼ばれており、単系統に起こったdirectional evolutionと見なすことができます。しかしながら、変異イベントが1回しか起きていないために回数の偏りを検定することができず、これまでの手法ではselective sweepの原因となった変異を各コドンのレベルで検出することができませんでした。

本研究では、最尤法で構築した系統樹から特定の変異をもつ単系統の集団を同定し、この集団においてのみ遺伝子あるいはゲノムレベルでselective sweepが起きていることを集団遺伝学的に検定することで、selective sweepに関わっている変異を各コドンのレベルで検出する新規アルゴリズム(DMAMS)を考案・開発しました。そして、このアルゴリズムをエボラウイルス・インフルエンザウイルス・新型コロナウイルスなど実際のウイルスゲノムデータに適応することで、疫学や実験のデータを用いることなく、既知の生物学的に重要だと考えられている遺伝子部位が増殖や伝播に係わりselective sweepを起こしていると同定することに成功しました。また、これまでに報告のなかったいくつかの変異がselective sweepと関連していることを見出しました。

今後この手法を応用することで、ウイルスにとって有意義な新規の遺伝子変異を同定し、さらにその変異がなぜ重要なのかを解析することで、ウイルス遺伝子のもつ未知の機能や病原性メカニズムの解明につながっていくと期待されます。

1.mSystems (2021). https://doi.org/10.1128/mSystems.01151-20
また、古瀬特定助教は、ほかにも新型コロナウイルス感染症に関する下記の論文がこれまでに国際学術誌に掲載されています。上記の研究成果と合わせ、得られた知見は国内外のさまざまな対策に活かされています。

2.日本における新型コロナウイルス感染症流行初期の疫学情報
Jpn J Infect Dis (2020). https://doi.org/10.7883/yoken.JJID.2020.271

3.新型コロナウイルスの流行期における、世界各国のインフルエンザ罹患者数の変化
Int J Infect Dis (2020). https://doi.org/10.1016/j.ijid.2020.05.088

4.クラスター対策の特徴と意義
Jpn J Infect Dis (2020). https://doi.org/10.7883/yoken.JJID.2020.363

5.日本における第一波と他国からの輸入症例との関係
J Infect (2020). https://doi.org/10.1016/j.jinf.2020.06.005

6.クラスターが発生する場、それらのクラスターを形成する感染者の特徴
Emerg Infect Dis (2020). https://doi.org/10.3201/eid2609.202272

7.新興感染症の終息を目指すための条件に関する論考
Front Microbiol (2020). https://doi.org/10.3389/fmicb.2020.583252

8.地域の感染状況をもとに、人が集まる時に感染者が紛れ込む確率を算出する統計モデルの構築
J Infect (2020). https://doi.org/10.1016/j.jinf.2020.11.040
(京都大学プレスリリース: https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2020-12-03-0)

9.世界各国におけるウイルスゲノム解析の充実度の比較
Int J Infect Dis (2020). https://doi.org/10.1016/j.ijid.2020.12.034

10.家庭内感染の起こる確率や起こりやすさに関連する因子
Emerg Infect Dis (2021). https://doi.org/10.3201/eid2703.203882