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2019年10月17日
心臓内での軟骨形成をおさえる仕組みを解明

荒井 宏行1、佐藤 文規1、山本 拓也2、ウォルツェン クヌート2、清成 寛3、吉本 由紀 4、宿南 知佐4、秋山 治彦5、キスト ラルフ6、瀬原 淳子1

(1 京都大学 ウイルス・再生医科学研究所、2 京都大学iPS研究所、3 理化学研究所、4 広島大学、5 岐阜大学、6 Newcastle大学)

 

”Metalloprotease-dependent attenuation of BMP signaling restricts cardiac neural crest cell fate(メタロプロテアーゼ依存的BMPシグナル伝達の減衰は心臓神経堤細胞の細胞運命を制限する)”

Cell Reports(2019) DOI:10.1016/j.celrep.2019.09.019

概要

本研究では、心臓神経堤細胞と呼ばれる一部の神経堤細胞集団に軟骨形成・分化を抑制するメカニズムが備わっていることと、細胞膜型プロテアーゼであるAdam19がその抑制因子として働くことが明らかになりました。
脊椎動物の体には「神経堤細胞」と呼ばれるユニークな細胞集団が存在します。この細胞は多分化能つまり、様々な細胞へ変化(分化)する能力を持っていて、神経細胞、色素細胞、軟骨細胞といった全く異なる細胞になる能力を持ちます。神経堤細胞は体が形づくられるなかで、背側から生じ、移動を経てそれぞれ分化をします。したがって、神経堤細胞が適切な場所で適切な分化をすることが体の形作りに重要になります。心臓へ移動する神経堤細胞(心臓神経堤細胞)は発生過程において、心臓の血管、弁、心室中隔の形成に寄与します。
今回の研究では、通常、腱に近い組織を形成する心臓神経堤細胞が、Adam19遺伝子を欠損させると異所性の軟骨を形成することがわかりました。マイクロアレイによる遺伝子発現解析を行った結果、Adam19欠損型では軟骨細胞分化に重要な役割を果たすSox9遺伝子の発現が高いことがわかりました。このSox9と異所性軟骨形成の関係性について調べるため、Adam19欠損マウスの神経堤細胞においてSox9の発現を減少させると、異所性軟骨の形成が消失しました。逆に、神経堤細胞でSox9を過剰発現させたマウスはAdam19欠損マウスと同様に心臓に異所性軟骨を形成しました。これらの結果から、Adam19欠損による異所性軟骨形成は、Sox9遺伝子の発現上昇に起因することが示唆されました。
Adam19は一回膜貫通型のメタロプロテアーゼで、細胞膜に存在する膜型増殖因子等のタンパク質を切断すると考えられてきましたが、その生理的基質の実体は不明でした。BMPシグナルがSox9の発現を正に制御すること、異所性軟骨形成が神経堤細胞特異的Adam19欠損マウスでも再現されたことから、Adam19が心臓神経堤細胞でBMP受容体を切断しBMPシグナル伝達を抑制する、という仮説を立て検証しました。培養細胞実験から、Adam19がBMP受容体の一つであるAlk2 (Acvr1)を選択的に切断することが明らかになりました。この結果を生体マウスで検証するためAlk2/Alk3のインヒビターであるLDN−193189をAdam19欠損マウスに投与すると、異所性軟骨の形成が阻害されたことから仮説が裏付けられました。
今回の研究は心臓神経堤細胞で発現するAdam19がAlk2の切断を介したBMP-Sox9のシグナル経路の抑制により、積極的に軟骨細胞分化・形成を抑制するという神経堤細胞分化の新たなメカニズムを示唆しました。

 


本研究の概略図