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2017年5月5日
ヒト化マウスモデルを用いた実験ウイルス学、分子系統学、数理モデルを駆使したHIV-1とAPOBEC3H遺伝子多型の相克の理解

中野雄介1、三沢尚子1、Guillermo Juarez-Fernandez1、森脇美優1、中岡慎治2,3、布野孝明4、山田英里1、Andrew Soper1、吉川禄助1、Diako Ebrahimi5, 立木佑弥1,4,6、岩見真吾3,4,6、Reuben S Harris5,7、小柳義夫1、佐藤佳1,6

(1 京都大学ウイルス・再生医科学研究所システムウイルス学分野,  2 東京大学生産技術研究所, 3 日本科学技術振興機構さきがけ, 4 九州大学理学研究院, 5 ミネソタ大学分子ウイルス研究所, 6 日本科学技術振興機構CREST, 7 Howard Hughes Medical Institute)

“HIV-1 competition experiments in humanized mice show that APOBEC3H imposes selective pressure and promotes virus adaptation”

PLoS Pathog. 2017 May 5;13(5):e1006348. doi: 10.1371/journal.ppat.1006348

概要

ヒト APOBEC3 ファミリータンパク質は、HIV-1ゲノムに G→A 変異を挿入することによりウイルスの感染性を失効させる宿主防御タンパク質である。一方、HIV-1 は、viral infectivity factor (Vif)というタンパク質を進化過程で獲得することにより、APOBEC3 による抗ウイルス効果を拮抗阻害することが可能となった。我々はこれまで、HIV-1 感染ヒト化マウスモデルを用い、APOBEC3F と APOBEC3G は生体内においても強力な HIV-1 増殖抑制活性を示す宿主防御因子であること、また一方で、APOBEC3F はウイルスの多様化を促進する因子でもあることを明らかにしてきた(Sato et al., J Virol, 2010; Sato and Takeuchi et al., PLOS Pathog, 2014)。
上述のふたつの APOBEC3 ファミリータンパク質に加え、APOBEC3H も HIV-1 複製を抑制する活性を有する。興味深いことに、APOBEC3H 遺伝子には多型があり、7つの遺伝子型(ハプロタイプ)がある。7つの遺伝型のうち3つの遺伝型(II, V, VII)の APOBEC3H 蛋白質は安定的に発現して抗 HIV-1 効果を有する(安定型APOBEC3H)のに対し、残る4つの遺伝型(I, III, IV, VI)の APOBEC3H は、おそらくタンパク質としての構造が不安定であるため、機能タンパク質として発現せず、抗 HIV-1 効果も持たない(不安定型APOBEC3H)。つまり、APOBEC3H の遺伝子型を基に、ヒトを安定型APOBEC3H と不安定型APOBEC3H に大別することができる。一方、HIV-1 の Vif も、安定型APOBEC3H を拮抗阻害できる型(hyper Vif)とできない型(hypo Vif)に大別される。これまでの培養細胞を用いた研究から、HIV-1 Vif と APOBEC3H の機能的関連の詳細が明らかとなってきている。しかし、Vif と APOBEC3H の相克が、生体内におけるウイルス増殖過程にどのように作用しているのか、さらには、Vif と APOBEC3H それぞれの遺伝子多型が、HIV-1 の流行伝播にどのように影響を与えているのかはほとんど明らかとなっていない。
本研究ではまず、ヒト造血幹細胞移植によって作出されるヒト化マウスモデルの APOBEC3H の遺伝型をジェノタイピングPCRによって決定し、安定型APOBEC3H と不安定型APOBEC3H に分類した。そして、それぞれのマウスに hyper Vif HIV-1 と hypo Vif HIV-1 を共接種した(in vivo competition assay)。その結果、安定型APOBEC3H をコードするヒト化マウスにおいては hyper Vif HIV-1 が選択的に増殖するのに対し、不安定型APOBEC3H をコードするヒト化マウスにおいては、hyper/hypo による選択は起こらなかった。さらに、HIV-1 ならびにヒトゲノムの大規模データベース情報を基に、分子系統学的解析と HIV-1 伝播の数理モデリングを実施した。その結果、ヒト集団における安定型APOBEC3H の遺伝型の頻度に依存して Vif の hyper/hypo の機能転換が生じることが示唆された。

※本研究成果は、科学技術振興機構CREST、日本医療研究開発機構AMED、日本学術振興会Core-to-Core Program A, Advanced Research Networksの研究成果です。
※本研究は、ミネソタ大学(米国)、九州大学、東京大学との共同研究で実施した、実験ウイルス学と分子系統学と数理生物学の学際融合研究(システムウイルス学研究)の成果です。

図 HIV-1とAPOBEC3Hの攻防
(A) Hyper/hypo Vif HIV-1の変遷。HIV-1 Vif遺伝子の系統樹を示す。ピンクの枝がhyper Vifを示す。 (B) 各HIV-1サブタイプにおけるhyper Vif HIV-1の割合。(C) 患者から分離されたHIV-1の安定型APOBEC3H抑制活性。(D) Hyper Vif HIV-1と安定型APOBEC3H のヒトの分布。各国・地域で分離されたHIV-1中におけるhyper Vif HIV-1の割合(ピンク)と安定型APOBEC3H のヒトの割合(緑)をそれぞれヒートマップで示した。(E) 安定型APOBEC3H 個体の割合とHyper Vif HIV-1の出現頻度の数理モデル。ヒト化マウスから得られた実験データを元に数理モデルを構築した。モデルによる予測結果を実線で、データベースから得られた実際のデータ(D)を各点で示した。