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2017年3月22日
イエネコとネコ免疫不全ウイルスの進化的軍拡競争原理の解明

吉川禄助1、竹内(柴田)潤子1、山田英里1、中野雄介1、三沢尚子1、木村雄一1、任鳳蓉2、宮沢孝幸3、小柳義夫1、佐藤佳1,4

(1 京都大学ウイルス・再生医科学研究所システムウイルス学分野,  2 東京医科歯科大学難治疾患研究所, 3 京都大学ウイルス・再生医科学研究所ウイルス共進化分野,  4 科学技術振興機構CREST)

“Feline immunodeficiency virus evolutionarily acquires two proteins, Vif and protease, capable of antagonizing feline APOBEC3”

J Virol. 2017 Mar 22. pii: JVI.00250-17. doi: 10.1128/JVI.00250-17.

概要

ウイルスと宿主の相互作用、および、ウイルスの病原性発現原理を理解・解明するために、私たちの研究室では、ウイルスタンパク質と宿主タンパク質の相互作用の分子メカニズムの解明に向けた研究を進めてきた。有袋類を除くすべてのほ乳類は、それぞれのゲノムに、レンチウイルス(エイズの原因ウイルスであるHIVを含むレトロウイルスの一属)の複製を強力に阻害する APOBEC3 遺伝子をコードしている。一方、レンチウイルスは、宿主の APOBEC3 による抗ウイルス効果を相殺するために、viral infectivity factor(Vif)というタンパク質を進化的に獲得している。Vif は、細胞内ユビキチンリガーゼ複合体を動員することにより、ウイルス感染細胞に発現する APOBEC3 をユビキチン・プロテアソーム依存的経路によって分解し、その抗ウイルス効果を拮抗阻害する。Vif と APOBEC3 の機能的相互作用は、ウイルスの種類とその宿主ごとにきわめて特異的であることから、これらのタンパク質の関係性が、ウイルスと宿主の進化的軍拡競争のシナリオを解明するひとつの手がかりとなると考えている。これまで、Vif と APOBEC3 の機能的相互作用については、特に HIV を含む霊長類のレンチウイルスの Vif タンパク質と、ヒトを含む霊長類の APOBEC3 タンパク質に着目した研究が世界的に進められてきた。一方、非霊長類レンチウイルスの Vif タンパク質と、霊長類以外のほ乳類の APOBEC3 タンパク質の機能的相互作用、それらの進化的軍拡競争と病原性発現の関連についてはほとんど明らかとなっていない。
本研究では、イエネコにエイズ様の免疫不全症を誘導するネコ免疫不全ウイルス(FIV)と、その宿主であるイエネコの相互作用に着目した。その遺伝型から、FIV は AからD の4つのサブタイプに分類される。まず、分子系統学的解析から、サブタイプ B の FIV の遺伝的多様性が他のサブタイプに比べて低いことを見出した。この結果は、サブタイプ B の FIV は他のサブタイプに比べて病原性が低い、というこれまでの疫学研究から示唆されている知見と一致する。次に、それぞれのサブタイプの Vif がイエネコ APOBEC3 を拮抗阻害する活性を解析したところ、興味深いことに、サブタイプ B の Vif はイエネコ APOBEC3 による抗ウイルス効果を阻害する活性を有していなかった。この特徴はサブタイプ B の FIV に共通していることから、この APOBEC3 を拮抗阻害する活性を欠失・減弱させることは、サブタイプ B に特異的な表現型であることが示唆された。さらに、分子進化学的手法により、FIV Vif の共通祖先配列を推定し、その APOBEC3 阻害活性を解析した結果、共通祖先の Vif はイエネコ APOBEC3 を拮抗阻害する活性を有していた。以上の結果は、FIV がイエネコという宿主の中で伝播・適応進化する過程において、サブタイプ B の FIV は、Vif の APOBEC3 阻害活性を欠失あるいは減弱させることにより弱毒化し、イエネコ集団に適応・自然感染する進化を遂げたことを強く示唆している。本研究により、「宿主の APOBEC3 を相殺する活性を減弱することによるウイルスの適応進化戦略」という新たな進化的軍拡競争のメカニズムが提唱された。さらに興味深いことに、FIV のウイルスプロテアーゼもまた、イエネコ APOBEC3 を分解する活性を有していることが明らかとなった。本研究は、ひとつのレンチウイルス(FIV)がふたつの APOBEC3 阻害遺伝子(Vifとプロテアーゼ)をコードすることを示す初めての研究成果である。

※本研究成果は、科学技術振興機構CREST、日本医療研究開発機構AMED、日本学術振興会Core-to-Core Program A, Advanced Research Networksの研究成果です。

図 FIV Vif遺伝子の進化のシナリオ.
宿主(イエネコ)への適応進化の過程において、FIVサブタイプBのVifは、サブタイプDとの分岐の後にAPOBEC3阻害活性を欠失・減弱させたと考えられる。FIVサブタイプBは他のサブタイプに比べて病原性が低いことから、本研究成果は、宿主のAPOBEC3を相殺する活性を減弱することによる弱病原性化、というウイルスの新たな適応進化戦略を示唆している。