LiMe 京都大学医生物学研究所

学内専用
ホーム > 研究成果 > A型インフルエンザウイルスは二本鎖RNAを隔離することにより自然免疫応答を回避する
2025年9月10日
A型インフルエンザウイルスは二本鎖RNAを隔離することにより自然免疫応答を回避する

中野雅博1,2,3、宮本翔1,4、大西知帆1、野上千華1,2,3、廣瀬奈々美1,2,3、藤春(藤田)陽子1,2,3,5、村本裕紀子1,2,3、野田岳志1,2,3

1 京都大学医生物学研究所 微細構造ウイルス学分野
2 京都大学大学院 生命科学研究科
3 CREST
4 国立感染症研究所 感染病理部
5 マックスプランク生化学研究所

Influenza A virus circumvents the immune response through the sequestration of double-stranded RNA

Journal of Virology, 2025 Sep 8: e0073725. doi: 10.1128/jvi.00737-25

概要

ウイルス感染によって細胞内に現れる二本鎖RNA(dsRNA)は、細胞質に存在するセンサーによって察知され、自然免疫応答を引き起こす重要な分子です。しかし、A型インフルエンザウイルスに感染した細胞では、dsRNAがほとんど検出されないことがこれまで知られていました。一方で私たちは以前、インフルエンザウイルスのリボヌクレオタンパク質複合体(vRNP)が試験管内でRNAを合成する際にループ状の二本鎖RNAを生み出すことを報告しました。これは、インフルエンザウイルスが細胞内でdsRNAを生み出すものの「隠す仕組み」を持ち、自然免疫応答から逃れている可能性を示すものです。

今回の研究では、ウイルスのNS1タンパク質および核外輸送輸送タンパク質(NEP)が存在しない感染細胞の核内において、dsRNAが検出されることを見出しました。さらに、NS1がdsRNAに結合し物理的に覆い隠して細胞質のセンサーから隔離する働きを持つこと、また、NEPやM1タンパク質によってdsRNAがvRNPと結合したまま核外に運ばれる可能性があることを示しました。興味深いことに、NS1が存在しない状態で細胞質に運ばれたdsRNAは免疫応答のスイッチとなる分子IRF3を活性化し、自然免疫応答を誘導することも確認されました。

NS1およびNEPは、インフルエンザウイルスの同じRNA分節にコードされています。通常の感染細胞では、dsRNAが作られてもNS1によって覆い隠されるため、たとえ細胞質に運ばれてもセンサーに察知されません。一方、NS1の発現に失敗した場合はdsRNAを覆うことができませんが、このときNEPも同時に作られないため、dsRNAは核外に出られず、結果的にセンサーから隔離されたままになります(図)。これらの成果は、インフルエンザウイルスがdsRNAを「覆い隠す」あるいは「核内に閉じ込める」ことで宿主の免疫監視から逃れる戦略を用いていることを示しており、インフルエンザウイルスの自然免疫回避機構に対する新たな知見を与えました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

図 インフルエンザウイルスによる自然免疫回避機構のモデル

(上)通常の感染細胞ではNS1が発現しているため、dsRNAはNS1によって覆い隠される。
そのため、仮に細胞質に運ばれたとしても、センサーからは察知されないと考えられる。

(下)NS1の発現に失敗した細胞ではdsRNAを覆い隠すことができない。
しかしNS1と同じRNA分節にコードされるNEPも同時に発現しないため、dsRNAは核内にとどまり、結果的にセンサーからは隔離されると考えられる。