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2019年6月26日
胸腺細胞による自己認識に貢献する非コードDNA領域の同定

北條未来1、増田喬子2、北條広朗2、長畑洋佑2、安田圭子2、小原乃也2、竹内悠介2、廣田圭司2、鈴木穣1、河本宏2、河岡慎平2

(1 東京大学 新領域創成科学研究科、2 京都大学 ウイルス・再生医科学研究所)

 

Identification of a genomic enhancer that enforces proper apoptosis induction in thymic negative selection.

Nature Communications (2019) doi: 10.1038/s41467-019-10525-1.

概要

本研究では、胸腺における自己反応性胸腺細胞の除去に関わる新しいゲノミックエンハンサー (遺伝子発現を制御する非コードDNA領域) を同定しました。
胸腺においては、固有のT細胞受容体 (T cell receptor: TCR) を持つ多様な胸腺細胞が作られています。個々のTCRは固有の抗原を認識するため、TCRの種類数が多様であることは、病原菌などのまだ見ぬ抗原に個体が対応するという観点から有益です。一方で、TCRの多様性を担保する過程で、自己抗原を認識するTCRを持つT細胞、つまり、自己反応性T細胞が生み出されてしまうという危険性もあります。
個体は、負の選択と呼ばれるプロセスによって、自己反応性T細胞を除去することができます。負の選択においては、ひとつひとつのTCRと自己抗原の結合強度がテストされ、自己抗原を強く認識するTCRを持つ胸腺細胞がアポトーシス (細胞死) によって除去されます。
負の選択に必要な遺伝子は複数同定されており、Bimというアポトーシス促進遺伝子はそのひとつです。自己抗原によってTCRシグナルが活性化されるとBimの発現量が増加すること、Bim欠失マウスでは負の選択が不全となることから、TCRシグナル依存的なBimの遺伝子発現調節が負の選択に重要である、と考えられてきました。一方で、TCRシグナルの強さとBimの発現量がどのようにリンクしているのかは不明であり、また、TCRシグナルの活性化によるBimの発現上昇そのものが負の選択に本当に必要なのか、ということもわかっていませんでした。
本研究では、この問題に、遺伝子発現制御領域であるゲノミックエンハンサーに着目することでとりくみました。ゲノミックエンハンサーは、標的とする遺伝子がいつ・どこで・どのくらい発現するかを規定する非コードDNA領域です。研究チームは、エピゲノム解析ならびにエンハンサー欠失マウスの作出と表現型解析を通して、胸腺における負の選択に貢献するエンハンサーを発見しました。本エンハンサーは、TCRシグナル強度とBimの発現量の増加をつなぐエンハンサーでした。興味深いことに、本エンハンサーの機能はTCRシグナル依存的なBimの調節に特化しており、Bim依存的なその他のプロセスには不要でした。
本研究により、TCRシグナルの強さをアポトーシスへと変換することで胸腺細胞の自己認識に貢献するエンハンサーを同定することができました。本研究は、エンハンサーを欠失させ、特定の遺伝子発現制御に介入する、というシンプルなアプローチによって、遺伝子発現変動そのものの意義を明らかにしつつ複雑な生命科学的問いを解決できることを示す好例とも言えます。

 

 


本研究の概略図

TCRシグナル依存的なBimの発現調節に必要なエンハンサーを発見し、このプロセスが負の選択に必要であることも明らかにした。