医生研について
研究について
ホーム > 研究成果 > ヒトES細胞を用いて霊長類特有の発生様式の一端を解明
2022年6月22日
ヒトES細胞を用いて霊長類特有の発生様式の一端を解明

大串雅俊1,2、谷山暢子1、Alex Vandenbon 4、永樂元次1,2,3

1京都大学医生物学研究所発生システム制御分野、2京都大学医生物学研究所付属ヒトES細胞研究センターヒトオルガノイド技術開発グループ、3京都大学ヒト生物学高等研究拠点、4 京都大学医生物学研究所組織恒常性システム分野)

Delamination of trophoblast-like syncytia from the amniotic ectodermal analogue in human primed embryonic stem cell-based differentiation model

Cell Reports (2022) doi.org/10.1016/j.celrep.2022.110973

私たちのヒトを含む哺乳類動物の発生研究は、主にマウスをモデル生物として発展してきました。多くの研究成果から、一つの受精卵が分裂を繰り返して数を増やしつつ、分化や移動、細胞死を協調させながら進行する初期発生プロセスの詳細が明らかとなっています。しかしながら、近年、マウスとヒトの初期発生には無視できない相違点があることが認識され始めており、ヒトの体づくりを理解するためには(マウスではなく)ヒトそのものを対象とした研究も重要であると指摘されています。ただし、ヒトの初期発生研究は倫理的・技術的な面から難しく、特に着床期前後の発生現象については未だ多くの謎が残されています。

私たちは、胎児の元となる多能性組織(胚盤葉上層)と同等の細胞特性を持つヒトES細胞を用いて、着床期の細胞挙動の分子的理解に取り組んできました。この研究では特に、10ヶ月もの期間を母体内で過ごす胎児の健全な生育を支える、胎盤や羊膜などの胚体外組織に着目しました。まず、ヒトES細胞が羊膜外胚葉という胚体外組織へと向かう培養条件を確立し、胚盤葉上層から胚体外組織が生まれるプロセスを模倣する試験管内モデルを構築しました。この細胞分化モデルを詳細に解析したところ、ES細胞由来の羊膜外胚葉から合胞体栄養膜細胞(STB)という胎盤を構成する細胞の一種が自発的に生じていることが分かりました(図1)。この結果から、胎児原基である胚盤葉上層から羊膜外胚葉を経て胎盤構成細胞が生じる可能性が考えられました(図2)。マウスを用いた解析からは、STBは着床前胚の胚体外組織である栄養外胚葉に由来することが広く知られています。そのため、この研究で見出した新たな胎盤細胞への分化経路は、哺乳類発生学の常識を覆す可能性を秘めたものであり、ヒト(あるいは霊長類)特有の発生様式を示唆するものと考えられます。

再生医療や創薬研究に有用な細胞として大きな期待が寄せられているヒトES・iPS細胞ですが、それらの実用上の価値に加え、ヒト特有の生命現象の理解を深めるための研究ツールとしても非常に重要です。今回の研究で新たに見出した新たな胚体外細胞の特性や発生機構に関する理解を深め、流産や奇形、発育不全などの妊娠期における胎児形成異常の要因解明と予防法の開発に繋げていきたいと考えています。

図1. ES細胞から二つの胚体外細胞が誘導される

 

図2. 霊長類特異的な胚体外組織への分化系譜?