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2023年12月26日
妊娠期における母体肝臓リモデリングは母体の糖代謝と胎児発生に重要である

Satoshi Kozuki, Mio Kabata, Satoko Sakurai, Keiko Iwaisako, Tomomi Nishimura, Masakazu Toi, Takuya Yamamoto, Fumiko Toyoshima

Periportal hepatocyte proliferation at midgestation governs maternal glucose homeostasis in mice

Communications Biology 6, 1226, 2023. doi.org/10.1038/s42003-023-05614-3

概要

1.概要
妊娠期には、胎児の発生に必要な環境を整えるため、母体の様々な臓器がリモデリングされる。特に肝臓は顕著に肥大化することがげっ歯類やヒトで報告されており、妊娠における母体の代謝変化との関連が予想されていた。しかし、そのメカニズムや母体代謝・胎児発生との関連は不明である。我々は、妊娠マウスにおいて肝細胞の増殖が時空間的に制御されていることを見いだした。すなわち、妊娠中期(妊娠8日目)には門脈域の肝細胞が一過的に増殖し、妊娠後期(妊娠16日目)には中心静脈域の肝細胞の増殖が昂進していた。また、妊娠中期でみられる門脈域の肝細胞増殖が、妊娠期後期における血糖制御因子の遺伝子発現に必要であり、この増殖を抑制すると、肝臓グリコーゲン貯蔵の低下、血糖値の上昇、胎盤グリコーゲンの過剰蓄積、胎児の巨大化といった妊娠糖尿病様の症状が誘導された。さらに、妊娠中期の門脈域肝細胞増殖に必要な因子を特定としてHmmrを特定し、Hmmrの発現を抑制すると妊娠糖尿病様の症状が誘発されることを見出した。これらのことから、妊娠の比較的早い段階で起こる母体肝臓リモデリングが、妊娠後期における母体の糖代謝制御に重要であることが示された。

2.背景
肝臓は解毒や代謝、エネルギーの貯蔵など多数の機能を持つ臓器です。これらの肝機能の大部分を担うのが肝細胞です。肝細胞は肝臓の約70%を占める実質細胞であり、肝臓には肝細胞以外に星細胞、クッパー細胞、類洞内皮細胞、胆管上皮細胞等が存在し、協調的に肝臓の働きを支えています。肝臓は他の臓器とは異なり、動脈血と門脈血の二種類の血液が流入しています。動脈血は心臓より送られる酸素豊富な血液で、門脈血は小腸で吸収された栄養分などが含まれる血液です。これらの血液は肝臓に流入すると肝小葉と呼ばれる構造により代謝されます。肝小葉では肝細胞が血管に沿って並び、その間を動脈血および門脈血が流れ、最終的に中心静脈より流出します。これらの血液を効率よく代謝するため、肝細胞の代謝能力は門脈領域と中心静脈領域で異なるということが知られています。また、代謝能力だけでなく肝細胞の増殖能力も門脈領域と中心静脈領域で異なることが知られています。
妊娠期には胎児の正常な発生を支えるために、母体の多数の臓器で幹細胞の増殖や活性化などが生じます。特に肝臓は妊娠中の母体の代謝状態をコントロールする重要な臓器であり、妊娠中に肥大することが知られています。この肥大化には肝細胞の増殖が関与することが報告されていましたが、肝小葉内の異なる増殖能力を持つとされる肝細胞が妊娠中にどのように増殖するのか、また、その意義についてはこれまで不明でした。

3.研究手法・成果
まず、肝小葉内の各領域の肝細胞の増殖能力をKi67の免疫染色および、EdU取り込み効率から検討しました。その結果、非妊娠時には肝細胞の増殖はほとんど見られませんでした。一方で妊娠8日目には門脈領域の肝細胞が多数増殖していました。この時中心静脈領域ではほとんど増殖は見られませんでした。さらに、妊娠16日目には、門脈領域ではほとんど増殖が見られず、中心静脈領域の肝細胞が多数増殖していました。このことから、妊娠期の母体肝臓肥大化時に、肝細胞の増殖が時空間的に制御されていることが明らかとなりました。
次にAAV8-p21を用いて肝細胞の増殖を停止させ、妊娠期における肝細胞増殖の意義を検討しました。その結果、妊娠初期の肝臓の肥大化には肝細胞増殖が寄与する一方、妊娠後期ではあまり寄与しないことが明らかとなりました。
この時、肝臓における遺伝子発現を、トランスクリプトーム解析を用いて比較したところ、妊娠初期の肝細胞増殖を抑制することで、妊娠16日目において糖代謝関連遺伝子の発現レベルが変動することが明らかとなりました。そこで、肝臓内のグリコーゲン量を測定したところ、妊娠初期の肝細胞増殖を抑制することでグリコーゲン量が減少することが明らかとなりました。一方で胎盤内のグリコーゲン量および血中グルコース濃度は上昇していました。さらに、胎児の体重が増加していました。
次にレーザーマイクロダイセクションとトランスクリプトーム解析を用いて、妊娠初期に門脈領域の肝細胞で発現上昇する遺伝子としてHmmrを同定しました。Hmmrをノックダウンすることで妊娠初期の門脈領域肝細胞の増殖率が減少したことから、Hmmrが門脈領域肝細胞の増殖に重要な役割を果たすことが明らかとなりました。さらに、この時、肝臓内グリコーゲン量の減少および、胎盤内グリコーゲン量の上昇が見られ、胎児の体重が増加していました。
これらのことから、妊娠初期の門脈領域肝細胞の増殖は、妊娠後期において肝臓内のグリコーゲン量を増加させ母体の糖恒常性を制御していることが明らかとなりました。

4.波及効果、今後の予定
妊娠期における母体の肝臓肥大化および、それに伴う肝細胞の増殖についてはこれまで知られていましたが、そのメカニズムや意義についてはほとんど不明でした。本研究から、肝細胞増殖の時空間的制御および、母体の糖恒常性における役割が明らかとなりました。人においても妊娠期に肝臓が肥大化することが報告されており、これらの破綻が妊娠期糖尿病の一因となっている可能性があります。一方で、妊娠期に変動する様々なホルモンや液性因子が肝細胞の増殖に与える影響についてはまだ不明な点が多く今後明らかにすべき課題です。また肝臓を構成する様々な細胞が肝細胞に作用し増殖を促進することが報告されており、妊娠期においてもこのような細胞種が関与する可能性が考えられます。

5.研究プロジェクトについて
本研究は日本学術振興会科学研究費助成事業(19K23991, 19H03681, 17K19697, 22H03096)、戦略的創造研究推進事業(JPMJCR2023)、武田科学振興財団の支援を受け実施しました。