医生研について
研究について
ホーム > 研究成果 > MERSやSARSコロナウイルスなどの高病原性βコロナウイルスに有効な新規治療薬候補化合物を発見
2024年12月6日
MERSやSARSコロナウイルスなどの高病原性βコロナウイルスに有効な新規治療薬候補化合物を発見

Jiei Sasaki, Akihiko Sato, Michihito Sasaki, Iori Okabe, Kota Kodama, Satoko Otsuguro, Kosuke Yasuda, Hirotatsu Kojima, Yasuko Orba, Hirofumi Sawa, Katsumi Maenaka, Yusuke Yanagi, Takao Hashiguchi.

X-206 exhibits broad-spectrum anti-β-coronavirus activity, covering SARS-CoV-2 variants and drug-resistant isolates.

Antiviral Research(2024)

https://doi.org/10.1016/j.antiviral.2024.106039.

概要

現在、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の治療薬は存在しますが、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)や重症急性呼吸器症候群(SARS-CoV)などの他の高病原性βコロナウイルスを治療するのに有効な抗ウイルス薬は開発されていません。京都大学医生物学研究所 橋口隆生教授、同大学院薬学研究科 佐々木慈英博士課程学生、北海道大学薬学研究科 前仲勝実教授、九州大学大学院医学研究院 柳雄介教授らの研究チームは、これら高病原性βコロナウイルスやSARS-CoV-2変異株および薬剤耐性株に対しても幅広い抗ウイルス活性を示す化合物を発見しました。これらの化合物は既存の薬剤とは異なる作用機序が示唆されており、高病原性βコロナウイルスに対して広域性を示す新規治療薬開発に重要な役割を果たすことが期待されます。

 

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)によって引き起こされる新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行は、急速に感染拡大する呼吸器疾患のリスクを浮き彫りにし、それらの制御が世界的な課題であることが広く認知されました。SARS-CoV-2は、コロナウイルス科βコロナウイルス属に属する多くのコロナウイルスのうちの1種類に過ぎないため、様々なβコロナウイルスに対して広域性を示す、今後の新たなウイルス出現に備えた治療薬開発が求められています。
とりわけ中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)と重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)の感染流行は、COVID-19の世界的流行以前に発生しており、有効な抗ウイルス薬の存在しないため、高い致死率が報告されています。COVID-19に対しては、現在、ニマトレビルやレムデシビルといった抗ウイルス薬が承認されていますが、他の高病原性β-コロナウイルスには有効な治療法はありません。

このような背景のもと、京都大学医生物学研究所 橋口隆生教授、同大学院薬学研究科 佐々木慈英博士課程学生、北海道大学薬学研究科 前仲勝実教授、九州大学大学院医学研究院 柳雄介教授らの研究チームは、高病原性βコロナウイルスに有効な抗ウイルス薬の探索を行いました。その結果、治療薬の候補化合物として2化合物を特定することに成功し、さらにこれらの化合物が既存のSARS-CoV-2治療薬と異なる作用機序を示すことを発見しました。この研究は2024年11月19日にオンライン公開され、同年12月1日にAntiviral Research誌に掲載されました。

当研究チームは、東京大学創薬機構が管理するライブラリを利用し、23万化合物からin silicoスクリーニング(注1)によってMERS-CoVのスパイク(S)タンパク質(注2)に結合すると考えられる1,046化合物を見出しました。得られた候補化合物について、シュードタイプウイルス(注3)を用いて培養細胞へのMERS-CoVの侵入を阻害する能力の評価を行った結果、ヒット化合物として複数の候補化合物を見出しました。さらに、細胞培養を用いて融合アッセイを実施し絞り込んだ結果、化合物が膜融合阻害を示すことを確認しました。

最終的に各化合物のSARS-CoV、SARS-CoV-2、MERS-CoVに対する抗ウイルス活性を試験し、感染培養細胞における細胞生存率と細胞増殖に対する影響を評価した結果、thapsigarginとX-206の2化合物を見出しました。特にX-206は3種類のβコロナウイルスすべてに対して高い抑制効果を示し、優れた効果が認められました。これらの化合物は、SARS-CoV-2の異なる変異株に対しても幅広い抗ウイルス活性を示しました。
さらに、承認済みの薬剤に耐性を持つSARS-CoV-2株を用いてX-206および類似化合物の作用機序を調査した結果、X-206などはこれまでの治療薬とは異なる作用機序を持つことが示唆されました。研究チームは、X-206等はウイルスに対して2種類の阻害機構を持つと結論づけており、「高濃度域ではウイルスが宿主細胞に侵入する際の膜融合阻害作用」「低濃度域ではウイルス複製阻害作用」の両者によって阻害作用を発揮していると考えられます。

本研究の成果は、コロナウイルス感染症に対する新たな治療法の開発につながる結果であり、現在承認されている薬剤とは作用機序が異なるため、他の抗ウイルス薬と混合して使用するカクテルとして応用ができる可能性があります。さらに、将来的な感染拡大とパンデミックに備え、高病原性βコロナウイルスに対する治療薬を開発するための端緒化合物となることも期待されます。

 

<用語解説>
注1) In silicoスクリーニング:コンピューター上でデータを解析をすることで化合物等のスクリーニングを行う手法。
注2) Spike蛋白質: コロナウイルスが細胞に感染する際に、細胞表面の受容体と結合するために必要なウイルス側の蛋白質。
注3) シュードウイルス:他のウイルスの蛋白質などを表面に一過的に発現させ、性質を改変したウイルスのこと。本研究では、コロナウイルスのSタンパク質を水疱性口内炎ウイルス(vesicular stomatitis virus:VSV)に発現させている。

 

利益相反に関する声明:
佐藤彰彦は塩野義製薬株式会社に所属しています。児玉耕太は 、熊谷組、住友生命保険、マージシステム、パソナから研究助成を受けています。

 

研究プロジェクトについて:
本研究は、橋口隆生教授らに対する日本医療研究開発機構(AMED;JP19fk0108111、JP233fa627009、JP24jf0126002、JP243fa627005)、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費;JPJSCCA20240006)などの支援の下で実施されました。