医生研について
研究について
ホーム > 研究成果 > ERBB受容体が作り出すシグナル伝達における多様な応答の起源を、理論と実験の融合により解明
2022年2月8日
ERBB受容体が作り出すシグナル伝達における多様な応答の起源を、理論と実験の融合により解明

岡田崇1、宮城拓2、佐甲靖志2、廣島通夫2,3,*、望月敦史4,*
(1理化学研究所数理創造プログラム、2理化学研究所開拓研究本部、3理化学研究所生命機能科学研究センター、4京都大学ウイルス・再生医科学研究所)

Origin of diverse phosphorylation patterns in the ERBB system
Biophysical Journal (2022) DOI:10.1016/j.bpj.2021.12.031

概要

多細胞生物は、シグナル分子を互いにやり取りすることで、細胞間で協調した振る舞いを実現する、シグナル伝達といわれる仕組みをもっています。細胞表面でシグナル分子を受け取る受容体の1つのグループとして、ERBB1、ERBB2、ERBB3、ERBB4からなるERBBファミリーがあります。ERBBにシグナル分子が結合すると、2つのERBB分子が結合した各種の二量体が形成され、二量体の間で互いをリン酸化する反応が起こり、これをきっかけとして細胞の増殖や分化などの多様な応答を引き起こすことが分かっています。ヒトでは組織が異なると、細胞が持つ4種のERBBの量の分布(組成)が異なることが分かっており、これが組織ごとに異なる振る舞いを作り出していると考えられています。ところが、4種のERBBの結合反応やリン酸化反応の詳細を実験的に計測することは難しく、シグナルに対する多様な応答がどのように作り出されているのか、分かっていませんでした。
我々は、計測実験と数理モデルを組み合わせることで、4種のERBBがどのような反応特性を持ち、またシグナルを受け取ることでそれらがどのように変化するのか、初めて特定しました。さらに、数理解析を進めることで、応答の多様性に本質的な役割をになう反応特性を明らかにしました。まず実験において、ERBBの組成が異なる7種の細胞を用意し、それぞれに対して2種のシグナルを与えて、4種のERBBのリン酸化応答を計測しました。ただしこれだけでは、結合反応やリン酸化反応の詳細は分かりません。そこで我々は、4種のERBB分子の間に起こりうる全ての結合反応と全てのリン酸化反応を取り入れた数理モデルを作り、計測結果と比較することで、それぞれの結合反応とリン酸化反応の速度定数を決定しました。さらに、数理モデル上で速度定数を様々に変えたとき、リン酸化応答の多様性にどのような影響が現れるかを調べました。その結果、4種のERBB分子の間でリン酸化反応速度が異なることが、応答の多様性に大きな効果をもたらしており、結合反応の違いは大きな要因とはなっていないことが分かりました。4種のERBBは進化の過程で、主にリン酸化反応速度を多様化させることで、シグナル応答の多様性を実現したといえます。
この結果は、これまで未知であった、シグナル伝達の多様性の本質的な起源を初めて明らかにしたことに大きな意義があります。また、ERBB分子間での反応特性の違いを様々に変えるという実際の実験では不可能な操作を、数理モデルにより仮想的に実現することで問題を解決した、という特徴があります。また、この研究に基づき、細胞の増殖や分化などのシグナル伝達が引き起こす応答を制御し、将来のがん治療法開発につなげられる可能性があります。図: ERBB受容体の反応特性とシグナルによる変化を、数理モデルと実験の融合により解明。